『萌エ萌エ戦士っエトランジェ』
第三話:第二の戦士、現るっ!
作:月下粋沐(げっか すいもく)
冒頭から唐突で申し訳ないが、話はいきなり戦闘場面から入る。
萌力エナジー略して萌エ萌エによって赤井に倒された、『日本に父権社会を復活させる会』の会員である本田原は、断末魔の声を上げていた。
「……ふっふっふっ。よくぞこの私を倒したものだ。しかし、私が最後の国会議員だと思うなよ。
いつか必ず第二、第三の国会議員が……」
「能書きはいいから、いいからとっとと帰れっ」
げしっ、という赤井の蹴りに、本田原は、大きく後ろへと倒れた。
「大丈夫ですか! 先生っ」
「むうっ、第一秘書の君は、私がこんな女の子の姿になってでも、先生と呼んでくれるのかね」
萌力エナジー略して萌エ萌エによって、女の子になった本田原は、駆けつけてきた秘書に、心配げにそう尋ねたのだった。
「当たり前ではないですか。先生はどんな姿であろうと、僕の先生ですっ。
大丈夫ですかっ、先生っ」
「ありがとうっ、第一秘書っ」
お互いの肩書きを叫び合ってから、国会議員とその秘書は……というか、スクール水着姿の女の子と秘書は、しっかりと抱き合った。そのどさくさに、第一秘書はスクール水着の胸元にちゃっかりと手を這わしていたりするのだが、感動にむせぶ元国会議員、現スクール水着の女の子である本田原は、それに気づくことはなかった。
「さあ、地元に帰って後援会への出席予定がありますので、そろそろ空港へ向かいましょう」
「しかし……こんな格好では後援会が受け入れてくれるだろうか」
「大丈夫ですよ。今日は地元の中小企業社長の会合ですから。むしろその格好の方が、受けがいいですよ。
それに、最近は国会議員への政治献金が何かと話題になっていますが、政治献金ではなく、援助交際という名目ならば、何の問題もありません」
それは別の観点から問題なのでは、と思うのだが、こういう状況でそれにツッコミを入れる人は、どこにもいなかった。
「さあ、先生。お時間もありませんから、そのままの格好で空港へ向かいましょう」
第一秘書はそう言って、国会議員本田原を、近くに止めてあった車へと乗せた。その時に秘書がこっそりと、スクール水着のお尻の所を触ったのは言うまでもない。
こうして、国会議員と第一秘書は国民の税金で買った高い車に乗って、そしてエキストラは撮影スタッフ用のバスに乗って、現場を去っていったのだった。
「ふう」
大して長くなかった戦闘のはずなのだが、赤井は肩で息をしながら、国会議員らの撤収作業を見つめていた。
「どうしたの? 最近、萌力エナジー略して萌エ萌エの調子が悪いような気がするんだけれど?」
「……ああ」
永松博士の問いかけに、そうつぶやくと同時に、赤井の周りを青いリボンが包み込み、そしてその中から、変身の解けた、男の姿に戻った赤井が現れた。
「最近、女の子で居続けるのが、結構つらくなってきたような気がするんだ。
それに、敵に向かって投げつけた萌力エナジーも、変身した相手が戦闘中に元の姿に戻ったり、そもそも当たっても変化がなかったりして、どうもおかしいんだ」
「そういえば今回の戦闘中にも、女の子に変身させられたのにすぐに戻っちゃって、悲しそうな顔をしていたザコキャラがいたわね」
「……よく見ているな。そういう奴のこと」
「まあね。
……でも、それよりも今は、あなたのそのパワーダウンをどうするかが問題よね」
「そうか。やっぱり俺ってパワーダウンしているのか……」
そうつぶやく赤井の口調には、どことなしに自嘲めいたものが感じられた。
「ええ、おそらくね」
「それって、どういうことなんだっ?」
詰め寄る赤井に、永松博士は首をかしげてから、
「うーん。こういう場合、最初に考えられるのは、主人公が自分の実力に慢心しちゃって、油断しているってことよね」
「そんなっ馬鹿なっ。この俺に限って、そんなことはないぜっ」
目を見開きながら、赤井はそう叫んで、永松博士へと詰め寄った。
「ええ、それはわかるわ。
だってそういう場合だと、顔を隠した謎の人物が現れて、主人公を一撃で倒していき、それで目覚めた主人公が修行をして復活すると、実はそいつは主人公の昔の師匠だった、ってなるんでしょうけれど、そんな様子もないものね」
「おう。確かに、それらしい奴は現れていないな」
永松博士の言葉に頷く赤井であった。そういう根拠でいいのか、と思われるかもしれないが、そういうツッコミを入れる第三者もいないということで、話はそのまま進んでいくのだった。
「それじゃあ、まずはあなたの体の具合を見てもらうために、このレントゲン写真を見てもらうわね」
「レントゲン……だって」
「ええ」
深刻そうな顔をしながら、博士はポケットから写真を取り出して、赤井へと手渡した。
「……レントゲン写真にしては、随分と小さいな」
赤井がそうつぶやくのももっともなことで、渡された写真は、テレビドラマでよく見る大きなものではなく、ごく普通の手のひらサイズの写真だった。
「ええ。
写真屋さんで現像してもらおうと思ったら、サービスサイズが一番安上がりだから、その大きさにしたのよ」
「……最近の写真屋はレントゲンまで現像してくれるのか?」
「最近は、デジタルカメラに押されて、写真屋さんも必死なのよ」
わかったような、わからないようなことを言う永松博士であった。
「なんだったら、プリクラサイズもあるわよ。これがあれば、友達と結核の痕跡の見せ合いっこも出来るけれど」
そう言って、指先サイズの写真を渡す永松博士であったが、ヒーローにプリクラは似合わないという理由で、赤井はそれを断った。
「ところで……これってどうやって見ればいいんだ?」
渡されたサービスサイズのレントゲンを、赤井はあれこれと動かして上下を確かめようとするのだが、真っ暗ということで、どこが何だかさっぱりわからない。
「あら。やっぱり真っ暗になっているわね」
横から覗き込んだ永松博士は、平然とした口調でそうつぶやいた。
「やっぱり、ってどういうことだ?
ひょっとして、レントゲンでは分からないぐらいに、病気が広がっているというのか?」
「いえ。大したことじゃないのよ。どうやら撮影の時に、レントゲン出力量を多めに設定したみたいで、レントゲンが骨まで通り過ぎて、何も撮影できなかったってことよ」
そう言ってから、やたらほがらかに笑う彼女であった。
「念のために聞くが、多めに設定ってどれぐらいだったんだ?」
「うーん、確か三桁ぐらい多かったんじゃないかしら」
「だ、大丈夫なのか?」
ちょっぴり弱気になる赤井を、博士はその肩をぐわしっ、と掴んでから、
「何を言っているのっ!
放射線に負けるぐらいで何がヒーローよ。だいたいっ、今までに放射線で敵にやられたヒーローなんてのがいると思ってるのっ」
「おおっ! 言われてみれば、そういうヒーローってのは無かったな」
博士の言葉に、赤井はあっさりと頷いたのだった。
しかし、その理屈で言えば、ヒーローは老衰やガンで死ぬことはないとなってしまうような気がするのだが、そういうことまで考えるという発想は二人には存在しないようである。
はっきり言えることは、この二人は長生きするであろう、ということぐらいだ。
「ところで……このレントゲンってどんな意味があるんだ?」
「別に意味はないわっ。ただ雰囲気を盛り上げたかっただけよっ」
「なーんだ。そうなのか、はっはっは」
博士の言葉に、あっさりと笑ってやり過ごす赤井。この二人には、ツッコミという概念は存在しないかのような勢いである。
「それじゃあ、俺のパワーダウンの原因ってのは何なんだ?」
ひとしきり笑ってから、赤井は改めてそう尋ねた。そうしないと話が進まないのでは、という意識は、少しはあるようである。
「あなたがパワーダウンした理由はね……」
そうつぶやいて、髪の毛をふぁさぁっ、とやってから、
「ずばりっ! TS慣れってやつねっ!」
そう叫ぶと同時に、永松博士は、赤井の顔を、びしっ、と指さした。
「な、なんだ。その、TS慣れってのは?」
「TS慣れ……それは恐ろしい症状なのよ……」
彼女にしては珍しく真剣な表情とその物言いに、赤井は続く言葉を待った。
「TS慣れ。それは……って、まあ、その言葉通り、TSな状況に慣れちゃうってことなんだけれどね」
「なーんだ。そういうことか」
思わず納得する赤井。
そこで納得されては、話が進まないような気がするのだが、そこは永松博士のこと。相手の反応に関わらず、勝手に話を進めていくのだった。
「何を言っているのっ。問題はその恐ろしさよ」
「そ、そんなに恐ろしいのか?」
「ええ、そうよ。
一旦この症状が現れると、様々な悪弊が起こってくるわ。
例えば……
『Xchange2』は前作に比べればいいゲームなのに、前作をやった時に比べていまいち萌えられなかったりとか……
それとか、ビニールのかけられたスケベな漫画を見て、『きっとこれはTS作品に違いない』と思って買ってみたものの、まるっきり違うもので悲しい思いをしたりとか……
他には、もっといろんなTS作品が読みたいって言う思いが高じて、ついには自分でTS小説を書き始めてしまったり……
さらには、参考としてすけべな小説を買うために、三度の食事を二度にして本代に回してしまったりとか……
もしくはメールで『女の子どうし』の体験版を申し込んで、18日発送だから19日には届くかな、って思って一日中ポストを見ていたけれど、結局こなくて、その愚痴を小説に書き込んだりとか……
なんていう、恐ろしい症状が起こるのよ」
「うーむ。それは確かに恐ろしいな」
どうして恐ろしいのかは分からないものの、永松博士のその雰囲気に、なんとなしにそんな気分になったのだった。
「つまりはっ! 女の子になることに慣れちゃって、その感動が薄れてしまったために、萌力エナジー略して萌エ萌エが発揮されないのよっ」
「そ、そういうことだったのか……」
博士の言葉に、赤井はがっくりと膝を落とした。
それはそうだろう。赤井にとってはヒーローであることは、人生の目標。それが駄目となっては、もうお終いである。
しかし赤井は落ち込まなかった。って言うか、行動派の赤井にとっては、落ち込む暇があったら、何か次のことをやっているのであるから。
落ち込むという概念を知らない、と言えなくもないが。
「そ、それじゃあ俺は、どうしたらいいんだっ」
「そういう時にはっ!
ずばり、特訓よっ!」
「特訓……でも、それって前回やっちまったじゃねえかっ」
「しまったぁっ! そうだったわ」
驚きの表情で、二人は叫んだのだった。
「それは失敗したわね。こんなことならば、もう少し先の展開を考えてから、執筆するべきだったわよね。まったく、作者は何をやっているんだか……」
博士は、ぶつぶつと呟(つぶや)きながら、親指の爪を噛んだ。
そんな博士を見て、赤井は心配になったのか、口を挟んだ。
「でも、ヒーローに再度の特訓は付き物なんじゃないか? 星飛雄馬だって、大リーグボールを打たれる度に、特訓をしたじゃないか」
「それ、いただきっ」
さっきまでの表情はどこへやら。びしっ、と赤井を指さすなり、彼女はそう叫んだのだった。
「そうよっ。壁がある度にヒーローは特訓をするのよっ。
例え大リーグボールで、『打たれる度に新しい魔球を作るんじゃなくて、毎年シーズンオフの時間がある時にあらかじめたくさん魔球を作っておけばいいじゃないか』って言うツッコミがあるとしても、そういうことは無視して、打たれる度に新しい魔球を作るための特訓をするのと同じよっ」
「おーっ」
博士の勢いに釣られて、思わず一緒に叫ぶ赤井。そんな二人の背後には、真っ赤な炎が揺れていた。これならば、ダイオキシンを出さずにゴミを高温焼却できるから、地球にも優しいよね、というぐらいに、めらめらと燃えていた。
「ところで博士。どんな特訓をすればいいんだ?」
「ふっ、それは簡単よ。TS慣れを克服するには、初心に返ればいいのよっ」
「なるほど、それはわかりやすいな。
で、どうやって初心に返るって言うんだ?」
「えっ?」
赤井の素朴な疑問に、永松博士は思わず絶句した。実は何も考えていなかったのである。
しかしここで、永松博士を責めてはいけない。
責めるべくは、何も考えずにそういう方向に話を進めてしまった作者である……ということではない。
普通、特訓と言えば、より高いレベルに到達しようということをするものなのである。初心に返るための特訓というのは、あんまり聞いたことがない。それでは、永松博士が絶句するのも無理はないのである。
うーん、うーん、と博士が悩むこと数分間。
「それならば、初心に返るってことで、昔に読んだTS作品を読み返して、当時の興奮を思い出してみるってのはどうかしら。
ちょうど『おじゃまユーレイくん』も復刊されるって噂があることだし」
「でも、それって来年(西暦2000年)以降の話だろ」
赤井のツッコミに、再び悩むこと数分間。
「そうだわっ!
八重洲メディアリサーチにある、「ブラックリスト」に掲載されている作品を続けて何冊も読めば、その反動で、平凡なTS作品でも面白く読めるはずよっ」
ひらめいたように叫ぶ永松博士であったが、
「だからと言って、そのためにブラックリストに載っている作品を買えるか?」
再び、赤井のツッコミが飛んだ。
熱血の赤井にしては的確なツッコミを入れているように思われるかもしれないが、これは読者からのツッコミを代弁していると思っていただきたい。
「うーん、初心に返るってのは、なかなか難しいものね。
そう考えると、『ドラゴンボール』で孫悟空が子供になっちゃうって言う設定は、うまいこと考えたものよね」
などと言ったことをつぶやいてから、さらに考えること数分。
「よし、決めたわっ」
「どうするんだっ」
「やっぱり前回に続いて同じ特訓ネタをやったりしたら駄目よっ」
要するに、ネタが思いつかないから、特訓は止めよう、ということのようである。
「……そ、それじゃあ。どうすればいいんだっ」
「ふっ、簡単なことよ。
特訓が駄目ならば、ヒーローものの他のお約束……
新しい仲間探しよっ」
新しい仲間探しよっ新しい仲間探しよっ新しい仲間探しよっ……というように、叫ぶ博士の声が、辺りにこだまして、共鳴して、ドップラー効果を引き起こした。
「おおっ。そうかっ! そいつはいいぜ。
そうすれば、俺がリーダーということになるからな」
仲間が増えるということよりも、リーダーになれるということをに喜びを感じている赤井。
どうやら赤井の頭には、赤=リーダーという図式が成立しているようである。
「ええ、そうよ。レッドはリーダーってのが定説よね」
そういう図式は、永松博士とて同様のようだ。
「……とは言っても、そう簡単に、俺の他に萌力エナジーを持っている奴ってのは見つかるのか」
「まあ、潜在的に萌力エナジー略して萌エ萌エを持っている人ってのは結構いるよの。
だいたい、一つの学年に……ううん、一クラスに一人ぐらいってところかしら?」
「そうか。結構いるもんなんだな」
「だいたい、五万人に一人ぐらいってところかしら」
「それって、一クラスに一人って言えるのか」
「ええ、わたしの学校ってマンモス学校だったから」
「そうか。それじゃあ仕方がないな」
あっさりと納得する赤井であった。
いいのか、それで、大丈夫なのか、というツッコミは読者に代わりにやって頂くということで、話の方は勝手に進む。
「で、どうやって仲間を見つけるんだ?」
「そうねえ。
まずは大きな駕籠を用意して、その下を、萌力エナジー略して萌エ萌エを持った人が通りかかると自動的に籠が落ちて閉じこめるようにするとか」
「ううむ、それも悪くはないが。こちらから待っていないといけないってのが、どうも消極的だな」
「それじゃあ、コの字型の金属棒に、バネを仕掛けておいて、そこに置いてあるチーズを取ろうとした人が萌力エナジー略して萌エ萌エの持ち主だったら、棒が動いて挟まれるようにするとか」
「やはりそれも消極的でいかんなあ」
どうやら永松博士は、どうやって見つけるか、ということよりも、どうやって捕まえるか、ということばかりを考えているようなのだが、そんな些末なことにこだわる赤井ではない。
「まあ、萌力エナジー略して萌エ萌エを持つあなただったら、その相手を見れば、直感で分かるはずだから、あなたは適当に歩き回って探してみてよ」
「博士はどうするんだ?」
「わたしは、その人をどうやって捕まえるかを考えていることにするわ」
「そうか、わかったぜっ」
そう言って赤井は何処へともなく走っていったのだった。
たったったったった……
ひたすら走り続ける赤井。
休むことを知らずに走り続ける赤井。
疲れるということすら知らずに走り続ける赤井。
これからどうしようとか言うことは何も考えずに走り続ける赤井。
そしてそのまま走り続けているうちに時は流れ、人類は滅亡したのだったっ!
……なんてことになったらこの作品はそれで終わってしまうから、さすがにそういうことはない。だがしかし、赤井は深く考えずに、ただ走っていればそのうち萌力エナジーを持つ仲間を見つけられるだろう、というぐらいの気持ちで走っているので、事態はそう発展しなかった。
30分ほど走って本州を一回りして、町内へと戻ってきて、仕方がないから今度は青函トンネルを通って北海道、さらにはカムチャッカにでも行こうかと思っていた時に……
どっしーん。
そんな音と共に、交差点で赤井は何者かと正面衝突した。
「痛いじゃないかっ」
ひっくり返って倒れる赤井の耳に、そんな女の子の声が響く。
「わ、悪い……」
起きあがりながら謝まりつつ、赤井はその声の主を見た。赤井が見たその人の格好は、おかしな格好をした女の子だった。
いや、女の子と言っていいものか。背中まで伸びた髪に、ツンとした表情はまぎれもなく女の子のものなのだが、女の子なのは、頭の部分だけだった。顔から下の服装は、ごく普通の男物だったのだった。
……この女の子、男物を着ているのか?
そう思ってよく見てみると、それにしては服がやけに大きく見える。袖なんか随分と余り気味で、まるで着るものがないので男物を借りたような格好なのだった。
「悪いで済めば警察は……
んっ? 何だか、俺の声、変だぞ?」
言葉の途中でそう叫ぶなり、彼女は立ち上がって、自分の喉を押さえた。
何かを探そうと撫でるような仕草をしてから、あー、あー、とか声を出しては、不思議そうな顔をした。
「ど……どうなってるんだ」
つぶやいてから、彼女は、後ろの髪の毛が鬱陶しいというかのように頭を振ってから、右手で髪の毛を掴んで、顔の前に持ってきた。
「な、なんで。俺の髪の毛が伸びているんだ?
それに、この手。まるで女の子みたいだし」
髪の毛と手のひらを交互に見つめていたその視線が、ふいに、下へと向かった。地面でも見つめているように見えたが、どうやら自分の胸を見つめているようである。
さっきは大きめの男物の服を着ているようにしか見えなかったのだが、その胸の下には、さほど大きくはない膨らみが見えた。
そんな膨らみを、目を見張りながら見つめていた彼女は、右手に髪の毛をまとわりつかせたまま、その両手を小さな膨らみへとかぶせていった。
「うわっ!」
見開いた目をさらに大きくしながら、叫ぶ彼女。それと同時に、一瞬だけ触れたその手のひらを、慌てて離したのだった。
「なんで、こんなものが俺の胸にあるんだよっ」
彼女は、呆然とした顔のままに、立ちつくしていた。
そんな一連のお約束の行動を見て、赤井は直感的に確信した。きっとこいつは、萌力エナジーを潜在的に持つ仲間に違いない、と。
――ここで説明しよう。普通ならば、自分の持つ萌力エナジー略して萌エ萌エが相手に影響を与えたのだと思うのだろうが、今の赤井にとっては、萌力エナジーを持つ仲間を捜すのが目的であり、そのことだけが頭にあったから、それ以外の可能性は思い浮かばなかったのである。設定に沿って言えば、赤井と衝突したことで、潜在的に持っていた萌力エナジーが覚醒された、ということなのだが、今の赤井にそんなことまで思いつくはずもない。
……もっとも、読者の方は、交差点での正面衝突の辺りで、すでにそういう展開になるんだろうな、ということを予想していたであろうが、それはまた別の話である。
「お前は、何者だっ」
そう叫ぶ赤井の顔を、ちらりと彼女(?)は見てから、
「他人に名前を聞く時には、まずは自分から名乗るべきだろうが」
そのツンとした女の子の顔からは想像できないような口調で、彼女はそう言ったのだった。
「ふっ、これは俺が悪かったな。
俺は赤井伸吾だ」
「そうか。ならば名乗ろう。俺は青山玲治だっ。
……ところで、これはお前の仕業なのか?」
これと言うのは、おそらくはその青山が女の子になってしまったということだろう。
「いや、違う。それはお前の中に隠されていた、萌力エナジーが目覚めたのだっ」
「何っ! そうだったのか!」
赤井の言葉に思わず叫ぶ青山。普通だったら、萌力エナジーって何だとか聞いてくると思うのだが、そういうことは青山は直感で理解したのだった。
「と、言うことは、この俺に、お前と一緒に戦ってくれと言うことなのだなっ」
またしても、直感で理解する青山。話が早くて実に助かる。
「ああ、そうだ。そういうことで、よろしく頼むぜっ」
そう言って右手を差し出して握手をしようとした赤井であったが、その手は握られることはなかった。
「断るっ」
「な、なんだって!?
まさか、お前。『俺は孤独を好むんだ。だから仲間なんかと連(つる)んで戦いたくはない』って言うんじゃないだろうなっ」
直感でそう悟る赤井。
「そうだ。よくわかったな」
言おうとした台詞を先に言われてしまい、半ばがっくりしながらも、青山はそう答えた。
するとその時、青山の体に変化が起こった。髪の毛が短くなり、袖から腕が姿を現し、身長が大きくなり、顔の部分が移動すると、いかにもニヒルな二枚目と言ったような、男の姿へと変わったのだった。
「だけどよ……」
「おっと。その先は言わないでくれよ」
何かを言いかけた赤井の言葉を、青山は途中で区切った。
「どうせ、『お前の気持ちはわかる。だがここは、正義のため、世界を守るためにも、俺たちにお前の力を貸してくれ』って言うんだろ」
「うぐぐ……」
さっきの仕返しということで、台詞を先に言われてしまったことで、赤井は言葉を失った。しかし赤井はそんなことでめげる男ではない。
「……そういうことか。
つまりお前は、『ふっ。正義がなんだって言うんだ。俺は俺の好きなように生きていくだけさ』と捨て台詞を言って、去っていこうというつもりなんだな」
負けずに相手の台詞を先に言う赤井。
言われた青山は、くっ、と小さく喉から声を出してから、
「ああそうだ。よくわかったな。
そしてお前は、去っていく俺を『待て。俺の話を聞いてくれ……あ、行っちまった』と叫んで見送るんだろっ。
あばよっ」
そう叫ぶなり、青山は走ってどこかへ行ってしまった。
叫ぶべき台詞を先を言われてしまった赤井は、そのことが悔しくてたまらずに、追いかけるということすら思い浮かばずに、佇んでいたのだった。
「あら、あなたにしては随分と落ち込んでるみたいだけれど、どうかしたの?」
本部へ戻ってきた赤井を、そう言って出迎えた永松博士は、腕を組みながらゴキブリホイホイを見つめていた。
おそらくは、仲間を捕まえるための発明のヒントにしようと考えていたのだろう。
「で、どうだったの? 仲間を見つけるってのは。
……ふーん。そんなことがあったんだ」
相変わらずゴキブリホイホイを眺めながら、赤井から事の顛末を聞いた永松博士は、そうつぶやいた。
そして、その傍らにあった、ビクターの犬が考え込んでいるような古めかしい蓄音機に触れてから、
「でも大丈夫よっ。彼女……もしくは彼は、いつか必ず現れるわっ」
「ど、どうしてそう言い切れるんだ?」
「だって当たり前じゃないの。
通学途中の交差点でぶつかった人とは、その日のホームルームでの転校生の紹介で、必ず再開することになっているのよっ」
「おおっ。そうか。それなら大丈夫だなっ」
どこがどう大丈夫なのかは分からないが、どうやらこの二人はそれで納得したようである。
その時っ、蓄音機からノイズの混じった警告音が鳴りだした。
永松博士はその音を聞いてから、
「レッドっ! またしても事件よ。
父権社会を復活させる会が町中をうろついているそうよ」
「そうかっ……って今の音でそこまでわかるのか?」
「ええ、そうよ。何かおかしい?」
「い、いや。特に否定はしないが」
だからと言って肯定するでもなしに、赤井は走る永松博士の後を追って、前回同様、車に飛び乗ったのだった。
「待っていたぞ。エトランジェっ」
駆けつけた採掘場で、その言葉通り、永松博士と赤井を待っていたのは、スーツ姿のおっさんだった。
見たことのない顔ではあったが、おそらくは、父権社会を復活させる会のメンバーの国会議員なのだろう。
ひょっとすると、実は通りすがりの、しがない国会議員という可能性もあるが……
「初めまして。わたしは日本に父権社会を復活させる会会員の糸八幡です」
話がそういう方向に行かないように、向こうからちゃんと名乗ってくれたようである。
「何をっ。こうなったらさっそく変身っ!」
その声と同時に、赤井は思いつきで、それっぽいポーズを取った。
……しかし、何も起こらなかった。
「ど、どうしてなんだ!?」
「ふっはっはっは。予想通り、貴様の萌力エナジーはすっかり低下しているようだな。あたかも、小渕内閣の支持率のように、な」
おそらくは、野党の国会議員らしく、そういう台詞を愉快そうに口にした。
「ま、まさか……敵にまで気づかれていたなんて」
萌力エナジー略して萌エ萌エが使えないというだけでも驚きなのに、さらに敵からそう言われて、赤井の驚きはさらに高まった。
「ど、どうしてそのことを?」
赤井とは違って、あんまり驚いた様子もなく、そう尋ねてくる永松博士。おそらくは、他人事だからいいや、なんて思っているのであろう。
「ふふふ。簡単なことだ。今回の話の冒頭で出た本田原とは、同じ派閥でな。あいつが女の子に変身している時間が、山村雨の時よりもはるかに短くなっているから、ひょっとしたらと思ったのだが……
お前の方から認めてくれるとは」
そう勝ち誇ってから、糸八幡はさらに、わっはっは、と笑った。派閥政治の弊害、ここに極まれり、というやつであろう。
その態度に、ぎりぎりっ、と歯を食いしばる赤井。
そんな赤井に、永松博士は脇からそっとささやいた。
「レッド。ここは時間を稼ぐのよ。そうすればきっと必ず、あなたが言っていた仲間が駆けつけてくるわ」
「そうか。そういうパターンなのかっ」
永松博士の言葉に、赤井は勇気づけられた。そして、
「さあ、来いっ」
男の姿のままに、そう叫んで構えたのだった。
そして、叫ぶザコキャラたち。
「きー」(えー。今回は女の子への変身って無しなのかよ)
「きー」(そんなのってねえよな。俺、そのために友達に今回のエキストラの仕事譲ってもらったんだぜ)
「きー」(誰が着たんだかわからない、全身黒タイツを履かされてまで、こんな仕事やってられないもんな)
「きー」(おまけに昼の弁当は、一番安いやつだしよ)
「きー」(こんなことなら、家で「女の子どうし」の体験版が届くのを待っていた方がよかったよな)
などと、とてつもなく不満だった。
なお、ザコキャラ語の翻訳は、例によって作者がフィーリングを用いて、多分そんなこと言ってるんじゃないかなあ、と思って行ったものなので、事実と異なる場合があります。
「レッド。今回はまずいわっ。
敵のザコキャラは、仕事上の不平不満が溜まっていて、いつも以上に乱暴になっているわっ」
……どうやら、今回は正しい翻訳だったようである。
などと作者が一安心しているうちにも、赤井の周りには、ザコキャラが、じりっ、じりっ、と集まっていたのだった。
「い、一体どうすれば」
さらに近づいてくるザコキャラに対して、さすがの赤井も困っていた。素手同士の戦いということでは、人数の差から言って、圧倒的に赤井が不利である。
「くぅっ。ブルーのやつはまだ来ないのか」
そろそろ来ても良いんじゃないかなあ、という感じなのに未だに来ないブルーのことを考える赤井であった。って言うか、もうこの時点で、勝手にブルー呼ばわりしている赤井であった。
「こうなったら仕方がないわっ。わたしの発明品でっ」
そう叫ぶと同時に、永松博士が取り出したのは、さっき見かけた蓄音機だった。
「ポチっとなっ」
そう言ってボタンを押したものの、蓄音機からは何の音も聞こえてこなかった。
だがしかしっ、変化は確実に起こっていた。
赤井を取り巻いていたザコキャラが、突然後ろを振り返って、きょろきょろとしているのである。
「ど、どうしたというのだ」
突然のザコキャラの行動に驚きの声を上げる、国会議員の糸八幡。
「ふふふ。驚いているようね。どうしてザコキャラが、いきなりこんな行動をしたのか……
それじゃあ説明してあげるわっ」
永松博士はもったい付けるように、ちょっと間をおいてから、両手を腰に当てて、
「実はザコキャラが口にしている『きー』ってのは超音波のことで、ザコキャラ達は超音波によって会話をしていたのよっ! これにはイルカさんもびっくりよっ!」
「な、なんとっ」
「知らなかったぜっ」
――ここで説明しよう。永松博士は最初からそういうことを知っていたので、ザコキャラ語を正しく翻訳できたのであった。これは、今回の話を書いていて思いついたネタとか言うのではなく、第一話から考えていたことなのである……いや、『だからどうした』とか言われても困るが、とにかくそうなのである。
「つまりはっ。超音波を使って、思わず後ろを振り返ってしまうようなフレーズを流せば、ザコキャラはそれに従ってしまう、ってことよ」
「なるほどっ! そうだったのか。
……ところで、思わず後ろを振り返るようなフレーズってなんだ?」
「ふっ。いい質問ね。それじゃあ、可聴レベルに波長をずらすと……」
スイッチをひねってだんだんと聞こえてきたその音は……『志村、後ろっ、後ろっ』だった。
「うーむ、よくわからん」
設定として、今時の高校生となっている赤井には、よく分からないネタだったようである。
「さあ、分からない人は置いていって、さらに行くわよ。
一気にフルパワーっ」
そう叫んで、蓄音機風超音波発生装置のスイッチを、思いっきりひねった時に、突然その機械が、ぼんっ、という大きな音を立てた。
それと同時に、まるで呪縛が解けたかのように、ザコキャラは再び前を向いて、赤井の方へと攻めよってきたのだった。
「どうしたんだっ!?」
「しまったっ! やっぱり真空管じゃ強度の点から言って弱かったわ。
早く秋葉原に行って、新しいやつを買ってこないと」
「ンなものに真空管なんて使うなっ!」
「だって、せっかくレトロな雰囲気なんだもの。こういう時には真空管を使うのがマナーってものでしょ」
なんて言い合いをしている暇はない。その間にも、赤井の周りには、ザコキャラが詰め寄ってきているのだった。
「ち、ちくしょう。この俺に、もっと萌力エナジーがあれば……」
赤井がそう呟いた瞬間、ピンクに輝くリボン状の光が、赤井の全身を包み込んだのだった!
「こ、これは一体?」
赤い襟がワンポイントのウェイトレスのような服と、赤いスカートに包まれた自分の姿を見てから、辺りを見回すと、そこには今の変身の余波からなのか、すでに女の子に変身したザコキャラが立ちつくしていたのだった。
「待たせたなっ。赤井っ」
ちょっと小高い丘の上でそう叫んだのは、赤井が見たことのある顔の女の子だった。そう、それは紛れもなく、あの時に交差点で運命の出逢いをした、青山玲治が変身した女の子だったのだっ!
しかも今回は、男の格好ではなく、赤井と同様のウェイトレスっぽい姿となっている。同じと言っても、襟とかスカートの部分は、ちゃんと青になっているのだった。
「遅かったじゃないかっ。どうせ、ここぞって言う出番を待っていたんだろ」
「ふっ。抜かせ。
俺はもっと早くここに来るつもりだったんだが、途中で巨大なゴキブリホイホイのようなものに捕まっちまって、それで時間を食ったんだ」
そう叫ぶブルーの背中には、茶色の粘着液がべっとりと貼り付いていた。
「ブルー、よくぞそんな恐ろしい、敵の罠を突破してきたわねっ」
ブルーが時間を食ってしまった”敵の罠”を作った張本人の永松博士は、何ら臆することなく、そう叫んだのだった。
「罠だと。私はそんなものを作った覚えは……
第一秘書。お前がやったのか?」
突然の言葉に、国会議員の糸八幡は横に立っていた第一秘書に尋ねるものの、その第一秘書は、婦人警官の姿になった自分の姿を、あれやこれやしていて答える様子はない。
「ううむ。もはや女の子になっていないのは、私だけということか」
「そうみたいだね。それじゃあ、いくぞっ。
萌エ萌エっローリングアターック!」
気合いと同時に発動された萌力エナジーが糸八幡をめがけて襲いかかる。
「何のっ! 通信傍受法案パワーっ!」
訳のわからん叫び声と共に、糸八幡の手のひらからは、国会議員パワーが炸裂するのだが萌力エナジーの前にはもろくも崩れ去った。そして、その一部が流れ弾となり、またしても永松博士を襲ったのだった。
そんなこととはつゆ知らず、赤井の萌力エナジーは、糸八幡の体を包み込み、むさ苦しいおっさんを、一瞬にしてチャイナドレスに変えたのだった。
もちろん、股のところのスリットは、これ以上は無理というぐらいに切れ上がったものとなっていた。
そんなスリットと合わせるかのようにシャープな作りの顔には、それとは対照的なほどにどぎまぎとした表情が浮かんでいた。それはあたかも、女の子が初めてビキニ水着を着た時のような、初々しさと恥じらいが織りなすハーモニーであった。
よくわからないが、とにかくそういうものだ。
そんな初々しさを表しながらも、糸八幡はその手のひらを、胸へと持って行こうとした時に、
「とどめは俺に任せろっ」
そう言って、ブルーが駆け寄ってきたのだった。
「うん、わかった。でもどうするの?」
「そこの国会議員っ!」
ブルーはそう叫ぶなり、元は糸八幡だった、チャイナドレスに身を包んだ女性をびしっ、と指さして、
「本当に父権が大事だと思っているのならばっ!
それは復活させるよりも、新しく作り出すべきだろうがっ」
と叫んだのだった。
この小説始まって以来の真っ当な台詞に、みんな驚いた。いや、驚いたのはそれだけではない。どこか知的な感じのするブルーのキャラに、その台詞がよく合っていたからだった。
これぞっ、『同じ説教されるんだったら、知的な女教師タイプの方が説得力があるの原理』というやつであるっ!
「わ、私が間違っていた……」
チャイナドレスのままに、糸八幡は、がっくりと膝を落としたのだった。
「きょ、今日のところはもう合わせる顔がない。だからとっとと帰ります……」
そう呟くなり、糸八幡はハイヤーに乗って、どこかへと去っていった。
それに釣られて第一秘書やザコキャラも去っていったようなので、どうやら戦闘も一件落着したようである。
「レッド。そしてブルー。よくやったわ」
そう言って二人の元に駆け寄ってくる永松博士は、流れ弾のせいか、両手両足はおろか、お腹にまで包帯をぐるぐる巻きにしているのだった。
「それにしてもブルー。よく来てくれたね」
ボーイッシュな感じで尋ねてくるレッドに対して、ブルーはちょっと照れくさそうになってから、
「何、ちょっとした気まぐれさ」
さらり、とそう答えたのだった。
ブルーこと青山が、仲間になると決めたのは、永松博士から送られてきた、ビデオ「女の子になればこんなにいいことがある」シリーズ全三巻を見たからだという事実は、赤井は知る由もなかった。
「これからもよろしく頼むねっ」
「おうっ」
夕日をバックに、二人は固い握手を交わしたのだった。
そんなこんなのひと騒動があってから、三人は秘密基地へとたどり着いた。
そして、青山はあらかじめ用意してあった部屋へ、赤井は以前から使っている部屋へと戻っていった。
「ふーう」
部屋に戻った赤井は、萌力エナジーを解いて、男の体へと戻ろうとした……
のだが、そうしようとしても、体は相変わらず女の子のままとなっていた。
「どうしてなの?」
自分の体をきょろきょろと眺めながらそんなことを考えていると、突然ドアがノックされた。
ここに入ってくるとしたら、永松博士か青山のどちらかなのだが、一体どっちなんだろう、と思いながらドアを開けると、そこに立っていたのは、青山だった。その姿は、クールな女の子である、ブルーのままとなっていた。
「どうして……んっ」
赤井の言葉は、途中で止まった。いや、止められたのだった。青山の唇によって。
見開く赤井の目の前には、うっとりと瞳を閉じながら、赤井の柔らかい唇の感触を味わっている青山の顔があった。
「ふふ。突然で驚いたかしら?」
唇を放して、そう呟いてから、青山はぺろりと舌を出して、自分の唇を拭った。それはあたかも、唇に残った、赤井の唇の感触を味わっているかのようだった。
「どうして?」
青山の暖かい感触の残る唇を開き、さきほど途中で止められた言葉を、赤井はようやく口にした。
「どうして、ですって? 決まっているじゃない。
あ・な・た、が欲しいからよ」
そう呟いてから、青山はまたしても赤井の唇を奪った。
息苦しさを感じながら、赤井は、自分がこの部屋に初めて来た日の夜のことを思い出した。自分の体が勝手に動いて、女性としての初めての絶頂を感じた、夜のことを。
だとしたら、今の青山がそれと同じ状況になっていて、それで自分の所へやってきたのだろうか……などと考えている間にも、青山は赤井の唇を味わい続けていた。
頭の中には、あの時の快感が蘇ってくる。そして、唇からは、女の子どうしのキスならではの、柔らかい感触が伝わってくる。
そんな記憶と感覚が渦巻く赤井の頭には、抵抗するという考えは起こらなかった。
赤井は、ぼんやりと自分の今の状況を考えていた。
女の子同士のキス……それは、以前赤井が女の子に変身させた相手と経験したことだった。しかし、以前のそれと今回のものとは、何かが違っていた。
何だろう?
……女の子同士のキス……女の子とするキス……女の子からされるキス……
そう。赤井にとっては、キスをするということはあっても、キスをされるということは初めてのことなのだった。心は男である赤井にとっては、自分がキスをされているという状況は不思議なものに思えた。
赤井が抵抗しないことに気をよくしたのか、青山はもっと味わおう、食べてしまおうというかのように、その舌先を、赤井の小さな口の中へと這わせた。
力のない歯が、青山の舌先でこじ開けられ、その力強い舌先が、赤井の舌へと触れた。
(は、入ってくる……)
侵入してきた舌先は、その柔らかさとは裏腹に、凶暴とも言える勢いで、赤井の舌をなぞりあげる。
青山の舌の動きは、キスをされている、という受け身の心をさらに強めていく。
他人の舌先が、自分の口の中へ入れられるという感覚は、赤井にとっては彼女に征服されてしまうかのような感情を引き起こしたのだった。
そんな、男としては不満足に思えるような受け身の立場になってしまった赤井であったが、赤井自身は不思議と、それが嫌だとは思わなかった。ただぼんやりと、受け身になっている自分というものを感じているだけだった。
それはまるで、春の海に足を入れて、その波の動きの心地よさを素足で感じているかのようにも思えた。
「ふふふ。どう? 気持ちよかった」
「えっ」
唇を放すなりそう言ってきた青山の言葉に、赤井はどきりとした。気持ちいい、と思っていたからではない。ひょっとすると、さっきの自分は、受け身になっているということを気持ちいいと想っていたのでは、と思い当たったからだった。
「青山……」
「あら、そんな他人行儀な名前で私を呼ばないで。
……そうねえ。私の事は玲治……じゃなくて、玲、って呼んで」
「玲……?」
「そう。それであなたは信吾だから……シンちゃん、でいいわよね」
その口調には、受け入れざるを得ないような力強さがあった。
促されるように、赤井は、こくりと頷いた。
「それじゃあ……続きはベッドの上でしましょ」
「え、続きって?」
「あらあら。何をされるか聞きたいかなんて、欲張りねえ」
「そ、そうじゃなくって」
「いいから。シンちゃんは黙っていて、この私に任せていればいいのよ」
すっかり玲のペースに巻き込まれるままに、赤井はベッドの上へと座らされ、そしてそのままベッドの上に横たわることになったのだった。
背中に、ベッドの柔らかさを感じながら、赤井は目の前に顔を近づけてくる玲を見つめている。
三度目のキスが、赤井の視界を塞いだ。さっきのキスと違って、今回はベッドに仰向けになっているということで、そのキスを受け入れるしかなった。そんな状況が、より一層、赤井を自然に受け身な心へと導いていったのだった。
まるで、ベッドに押しつけられるのではないかというような、強烈な口づけが赤井を襲う。
玲の口づけを感じる赤井の頭の中では、二つの感情が混ざり合っていた。一つは、男として、受け身になっているということを素直に受け入れられないでいる感情。そしてもう一つは、受け身であるということを素直に受け入れている感情。
いや、それは二つの感情ということではないのかもしれない。男の心を持つ赤井としては素直に受け入れられないでいるのだが、女の体を持つ赤井としては、それを素直に受け入れているのだった。
そんな、出所の違う、二つの感情が、赤井の精神に流れ込んでくる。混ざり合うことのない二つの感情は、赤井を混乱させ、だんだんとその思考能力を奪っていった。
そして、思考能力を奪われるということは、受け身になっていく、ということであった。
「んんっ」
そんな精神の混乱から、赤井は声を出そうとしてみた。しかし、その唇は、相変わらず玲のクールな唇にふさがれたままだった。
「どうしたの? 欲しくなっちゃったの?」
唇を放してから、玲はそう呟いた。
男の精神と女の体の入り交じる感情の中で、その問いに答えられずにいる赤井に気をよくした玲は、そのしなやかな手のひらを、赤井の胸元へと動かしていった。
「んっ」
玲の小さな手のひらが、赤井の大きな胸へ触れると同時に、赤井はかすかに声を漏らした。
「うふふ。こうやって服の上からでも、あなたのおっぱいの大きさが分かるわ」
「え……」
玲の言葉に、赤井の心は、どきり、とした。これまでに、女の子になったことはあっても、その体についてそんなことを言われたのは初めてだったからだ。
自分の胸に、女の子だけが持つ膨らみがあるということはわかっていた。そして、その大きさも触ることでわかっていた。しかし、そのことを他人から言われるというのは、赤井にとっては初めての、そして新鮮な体験であった。
ましてや、赤井にそう言っているのは、クールな視線を持つ女の子なのである。赤井にとってそう言われることは、自分が女の子であるということの仲間入りを承認されたかのようでもあった。
「羨ましいわ。こんなに大きくて」
その大きさを確かめるかのように、玲の手のひらが大きく広げるものの、手一杯に広げても、まだその手のひらには余るほどの大きさであった。
「それに……形もこんなにきれいだし」
まるで、陶芸品の曲線美を味わうかのように、玲の手のひらが、赤井の胸の曲線をなぞっていく。動かすたびに、その指先の動きを残すかのように、服の皺が現れていった。
赤井の胸を愛(いと)おしむようなその手付きに、赤井の口からはため息が漏れ初めていた。
(どうして……こんなに気持ちいいんだろう?)
玲の指先の動きを感じながら、赤井はそんなことを考えていた。その気持ちよさは、自分で胸を触った時以上に気持ちのいいもののように思えた。
自分で胸を触るのと比べて気持ちいいのかどうかはわかるはずもないが、少なくとも今の赤井にとっては、彼女の手のひらの動きが、いつまでも続いていればいい、というように思い始めていた。
「大きな胸が大好きなのは男の子だけじゃないのよ。
女の子だって、大きなおっぱいを見ていると羨ましくなって……こんな、風にしてみたくなるのよ」
「あふぅっ!」
玲の手のひらに力が込められた。
快感に浸りながら、うっすらと開く赤井の目に見えたのは、玲の瞳だった。その瞳には、彼女の言葉の通り、男としての欲望と、女としての羨望が同居しているかのように見えた。
二つの感情が渾然一体となっていたのはその瞳だけではない。玲の手のひらの動きにも、それが感じられた。
手のひらの動きからは、大きな女性の胸を揉もうとする、男としての力強さが感じられた。
それと同時に、しなやかに動き、その形を味わっている指先からは、女としての繊細さが感じられた。
その瞳と手のひらの動きに、赤井はまるで、男と女の二人から、同時に胸を揉まれているような錯覚に囚われた。
そんな錯覚は、赤井の心をさらに、受け身へともたらしていったのだった。
「お願い……もっと……」
もっとその愛撫を受け入れたい。もっと受け身になりたい。
そう思った赤井の口からは、自然にそんな言葉が漏れる。
「うふふ。シンちゃんって、とっても素直なのね。
……とっても、イヤらしいのね」
暖かさと冷たさの混ざった口調で、玲がささやいてくる。
「それじゃあ、さっそく脱ぎましょうね」
まるでお人形遊びをするかのように呟いてから、玲は赤井の胸ボタンへと手を掛けた。手慣れた指先の動きによって、全てのボタンは外れ、そのままの流れで広げられた胸元には、赤井の大きな胸を包む、ブラジャーが姿を現した。
「あら、フロントホックじゃないの。そんなに早く外して欲しいのね」
あくまでもクールにささやいてから、玲はブラジャーのホックを外して、服と同じように、左右へとはだけた。
「あら。ブラジャーを外しても形が崩れないなんて、羨ましいわね」
玲の言葉に釣られるように、赤井が自分の胸元を見ると、そこには脱がされた服を押しのけて、二つの膨らみが横たわっていた。
……これが、ボクのおっぱいなんだ。
男の視線では絶対に見ることの出来ないようなアングルから、自分の胸にある膨らみを見て、赤井は改めて自分が女の子の体だということを知った。
もうこれまでに、何回自分が女の子の体だということを思い知ったのかはわからないが、それでも今まで見たことのない、女の子としての自分というものを目にする度に、赤井はそう思うのだった。そしてその度に、心の中で何かがぐらりと揺れていった。
「やっぱり、服の上から見るのとは比べものにならないぐらいきれいね。
シンちゃんのおっぱいは」
ベッドに腰を下ろしながら、玲は触ることなく、その二つの膨らみを見つめていた。
じっと見つめる玲と、見つめられる赤井……
先に根を上げたのは、赤井の方だった。
「お願い。見ているだけじゃなくて……」
「見ているだけじゃなくて……どうして欲しいの?」
「……触って、欲しい」
「ふふふ。本当にシンちゃんったら素直なのね。それじゃあ、ご褒美をあげないと」
「ん……あひゃぅっ」
胸にまた触ってもらえる……という赤井の予想を飛び越えて、玲はいきなり、赤井の胸のもっとも敏感な場所、ピンク色の乳首へと口づけしたのだった。
ただでさえ、男のどの部分よりも敏感な場所に、何もない状態から、突然触れられたのである。
静から動、とでも言うような、男の体では味わうことの出来ないような、急激な刺激の変化に、赤井は鋭いあえぎ声をあげてしまった。
赤井の声を無視するかのように、乳首へと添えられた玲の唇は、その中へ含んだものをいじり続けていた。
「あふっ……んっ……うんっ」
ちゅぱっ、ちゅぱっ、という音と共に、赤井の乳首から強烈な刺激が沸き起こる。それはまるで、乳首を貪るその音自体が、赤井の体に快感を引き起こしているかのようだった。
いや、快感を引き起こしているのは、その音だけではなかった。
その快感の沸き起こる場所を見ようとして、目に飛び込んでくる、赤井の胸に貼り付いて、その乳首へ吸い付いている玲の姿を見ると、その視覚映像はすぐさま快感へと結びついた。
自分の胸に、おっぱいという女の子だけにしかない膨らみがあって、しかもその膨らみを女の子がいじっている……そのことは、自分が女の子であるのだ、それもこうやって他の女の子から攻められるような立場にいる女の子なのだ、という意識をさらに強めていった。
そのことは、受け身としての自分、というものをさらに高めて行くことにもなった。
「どう? 気持ちいいでしょ」
そう尋ねてくる玲の口元からは、乳首へと伸びる、透明な糸が伸びていた。口の動きに合わせて乳首へと落ちるその唾液が、ピンク色の乳首を包み込む。
「あんっ……」
声で答える代わりに、赤井はあえぎ声で玲に答えた。
「そう。やっぱり気持ちいいのね」
赤井の気持ちをくみ取って、そうささやく玲。
自分のあえぎ声の意味が、玲に伝わったということが赤井にはうれしく思えた。
「やっぱり気持ちいいのね。
でも、それってね。あなたが気持ちいいって感じる場所を私が触っているからじゃないのよ」
……どういうことなのだろうか?
玲の指先の、舌の動きだけでなく、玲の行動全てに受け身になっている赤井は、その言葉に耳を傾けた。
「あなたが気持ちいいって感じる場所を私が触っているからじゃないのよ……
私が触るから……あなたは気持ちいい、って思えるのよ」
まるで、催眠術でもかけるかのように、玲はそうささやいた。
そんな暗示のような言葉すら、今の赤井は進んで受け入れようとした。
もっと気持ちよくなろうと、その暗示に積極的にかかろうとしたのだった。
「ねえ、そうでしょ」
「……はい。玲が触ってくれるから、気持ちいいんです」
男の時には考えもしなかった、身も心も相手にゆだねる快感というものに、赤井の心は包み込まれてた。
体と心が、一つになるような快感。女として一つになるようなエクスタシーが赤井の全身を包み込んでいく。
全身が熱くなる中で、その中でもひときわ熱くなっている部分を、赤井は感じていた。
一つは玲に弄ばれている乳首。そしてもう一つは、男の時にも熱くなっていた股間であった。しかし場所は同じでも、その様子は男の時とはまるっきり違っていた。
男の時には、その熱さを、固さ、として感じることができたのだが、女の子になっている今では、まるで熱さに体が溶けてしまうかのような、熱さが粘液となって、体中に流れていくかのようであった。
そんな慣れない感じから、赤井は知らずに両足をもじもじとこすり合わせていた。そんな様子を、そうなるのを待っていたかのように、玲はめざとく見つけた。
「あら、足をもじもじさせちゃって。どうかしたの?」
そんな玲の言葉は、赤井にとっては、いかにもわざとらしく聞こえた。知っていてそんなわざとらしさが、男の心を持つ赤井には、気づいていることを直接言われるよりも、なお恥ずかしいことのように思えた。
「……し、知ってるくせに」
「あら? 何を知っているって言うのかしら」
長い髪を一撫でしてから、玲は赤井の顔をじっと見つめた。どうしても赤井の口から言わせたがっている気配を感じた赤井は、彼女に従うように、ゆっくりと口を開いた。
「あそこが……熱い」
自分から体の様子を口にするということは、赤井には初めてのことだった。自分の口から漏れたそんな言葉を聞いて、赤井の体はさらに熱さを増したような気がした。
「うふふ。イヤらしい子ね。自分からそんなことを言ってくるなんて」
「そんな……」
彼女の言葉に、赤井の羞恥心はさらに強まっていく。
「でも、そんな素直な子、私は大好きよ。
だから、ご褒美をあげるわね」
流れるような自然な動きで、玲の体は赤井の両足へと入り込んだ。その間、赤井の頭には、ついさっき聞いた、彼女の言葉が響いていた。
して欲しいことを口にするのは恥ずかしいことだと思う一方で、その言葉を思い出しつつ、そうすれば、玲が自分を可愛がってくれるのだ、と思うようになっていた。
恥ずかしいことを言いたくないと思う心と、恥ずかしいことをすればもっと可愛がってくれるという、相容れない二つの気持ちが赤井の中でせめぎ合う。
男の心としては恥ずかしく思う一方で、女の体としては、恥ずかしさとは別のものを感じ始めていた。
そして、女の体としての赤井の体は、玲が手に掛けた赤井のパンティを脱がすという行為を、足を動かして手伝っていたのだった。
そんな自分の体の反応が、赤井には信じられなかった。自分の体が、こんなにも積極的に快楽を求めようとしているということが。
もはや、白いパンティは赤井の足を抜け、ベッドへと投げ捨てられていた。そして、小さな布に包まれていた部分は、玲の前へとその姿を表したのだった。
見下ろす赤井には、持ち上げた両膝の間に体を入れ、赤井のスカートの中を見つめている玲の姿が見えた。
かすかにゆがんだ彼女の口元は、微笑んでいるようにも見えたし、嘲(あざけ)りのようにも見えた。
しかし、玲が見つめているものは、赤井からはスカートに遮られて見ることができなかった。
……自分にすら見えない場所を、玲に見つめられている。
そんな気持ちが、赤井の心にますます羞恥心を増していった。
「すごいわね。あなたのここ、もう濡れているわよ。
……ぐちょぐちょに、濡れているわよ」
低い調子でささやいてくる彼女の声が、赤井をさらに恥ずかしくさせる。
しかし、彼女の言葉から感じるのは、恥ずかしさ、だけではなかった。
恥ずかしさに、体が熱くなっていく。そして、熱さが気持ちよさに変わっていく……その流れはいつしか、恥ずかしさがそのまま気持ちのよいものに思えてきた。
(恥ずかしく思うだけで気持ちよくなるなんて……)
そんな感覚は、男の時には決して感じることのないものだった。感情が快感へと変わっていくという、男の時には感じられないことを感じているのだ、という気持ちが、さらに赤井を高めていく。
「あら、触ってもいないのに、次から次へとあふれてくるじゃない」
彼女の言葉は、さらに赤井を熱くさせていく。
かつて感じたことのなかった自分の体の反応に、赤井は思った。見られているだけでこんなに気持ちがいいのだったら、触られたらどれほど気持ちがいいだろうか、と。
「お願い……します」
「え、お願いって何を?」
「ボクのアソコを……触ってください」
「アソコって、どこのことかしら。はっきり言ってくれないとわからないわ」
玲は、アソコ、を見つめながら、そう呟いた。
「ボクの、おま○こを……触ってください」
自分の体に付いているその部分の名前を口にしただけなのに、赤井はさらに恥ずかしさを感じていた。そして同時に、快感を感じていた。
そして同時に、赤井の中にある、男としての心はだんだんと溶けていき、それを入れ替わるように、女としての心が膨れ上がってきた。
「ふふ。本当に、素直な子ね」
「あふぅっ!」
ほんのわずか触れられただけのはずなのに、体全体を撫でられるような快感が、赤井の体に沸き起こった。
男の体では感じることの、耐えられることの出来ないような快感が舞い上がる。
「ほら、あなたのここ。こんなに濡れているわよ」
玲がスカートの間から抜き出した指先には、透明な液が絡みついていた。
きらきらと輝くその指を、玲は自分の口元へと持って行き、紅い舌を伸ばして、舐めあげたのだった。
「……あなたの蜜、おいしいわ」
「や……」
口では嫌がってみたものの、赤井の視線は玲の口元を見つめたままだった。そんな赤井に見せつけるかのように、玲はその指を口に含め、ちゅぱっ、ちゅぱっ、というイヤらしい音を立てて、その指先を舐めていった。
「本当に、おいしいわね。
蜜だけでもこんなにおいしいんだから、直接舐めたらもっとおいしいんでしょうね」
そう言って見つめてくる玲の視線に、赤井の体はさらに燃え上がる。
「お願いします。ボクのアソコを……舐めて下さい」
言われる前に赤井は、その両足を開き、彼女へ向かってそう言った。まるで自分から恥ずかしがろうとするかのように。
微笑みを浮かべながら玲の頭は赤井のスカートの中へと消えた。
玲のクールな顔が見えなくなると同時に、全身を貫くような鋭い快感が、赤井の体に沸き起こった。
「あはっ。やっ……んっ、ひゃふっ……ん、あくぅぅ……」
スカートの中で、玲の頭が揺れる度に、赤井の口からは、あえぎ声が漏れた。それと同時に、背中が、首が、手足が、指先が、体全体が、びくん、びくん、と跳ね上がる。
体の一ヶ所を舐められているだけなのに、あたかも、クリトリスと体全体が操り人形の糸でつながっているかのように、体全体が反応してしまう。男の体にはあり得ないことだったが、快感に支配されかけている今の赤井には、それがごく自然なものと感じ始めていた。
玲の舌先の動きに、赤井の全身が反応する、ということがどれぐらい続いたであろうか。
玲はその口元を手の甲で拭いながら、息を荒げている赤井を見つめていた。
「そろそろ私も楽しませてもらおうかしら。
……でも、そうしたら、あなたはもっと楽しむことになるかもね」
何を……? 嵐のような快感が途切れると同時に飛び込んできた玲の言葉を赤井は不思議に思いながら、玲の姿を見つめていた。
無言のままに、ベッドの上に膝で立った玲は、その両手をスカートの中に入れた。そして、その両手がスカートから再び現れた時には、小さな白い布が掴まれていた。
足をずらして、器用にパンティを足から外すしてから、玲によって脱がされた赤井のパンティの上へと、ぱさりと重ねたのだった。
「さあ、楽しみましょ」
スカートをまくり上げて、その下にある淡い茂みと濡れた割れ目を赤井に見せつけながら、玲はその割れ目を赤井の両足の間へと動かしていった。
赤井の太ももには、熱い体温が伝わってくる。そして柔らかさ。滑らかさ。それは紛れもなく、女の子の足の感触だった。
視線を足へと向けると、スカートから出る、二人の白い足が重なり合っている。女の子の足が、四本。その場所からは、足に女の子の足が触れてくる感触が伝わってくる。
だとすると、このうちの二本は、自分の足なんだなあ……
ぼんやりとした頭で、そんなことを考えていると、突然、聞き慣れない、とろけるような声が聞こえてきた。
「あぁっ……んっ」
その声は、赤井と足を重ね合わせている玲の口から漏れたものだった。
そういえば、と赤井は思う。太もものところに、暖かい感触とは他に、ぬめぬめとした、まとわりつく感触が伝わってきている、ということを。
……自分の体に触れることで、玲が気持ちよく思っているんだ。あの玲が、自分の体で気持ちよく思っている。それって、どれほど気持ちがいいことなんだろうか?
そう思った赤井は、背中をずらして、自ら腰を前へと進めた。
「ああっ! あんっ!」
突然の、赤井の体を擦り上げるかのような感覚に、赤井の喉からは苦しげな声が漏れる。
「シンちゃん……あなたのヌルヌルした熱いものが、私の太ももに当たっているわ」
スカートに被されて、見えない状況になっているその中の様子を、赤井は自らの感覚と玲の言葉から、目で見る以上に鮮明に描くことができた。
自分のものと、玲のものが、お互いの肌にこすり合わされている。
「ほら、もっとよ。もっと腰を浮かせて」
「あはっ……ひゃふぅっ」
「そうよ。その調子よ。もう……少しで」
かすれかけてきているその声で、玲は赤井に訴えてくる。
「あっ!」
赤井がそう叫んだのは、自分の股間へ当たっているものが、玲の太ももではないことに気づいた時だった。
太ももよりも、はるかに熱く、まとわりついてくるもの……それは、玲自身の部分であった。
……自分のアソコと玲のアソコが重なり合っているんだ。
男では絶対に経験することのない感覚、味わうことのできない快感が、二人の触れあう場所からわき上がっていく。
玲と同じものを持ち、同じ場所で触れあっているという気持ちが、赤井の快感をさらに高めていく。
「ねえ、気持ちいいでしょ」
「う……うん」
何度も首を縦に振って、その気持ちを伝えながらも、赤井はうわずる声で、玲に向かってその気持ちを伝えようとした。
自分の気持ちを伝えようと、今の自分というものを思い浮かべた時、赤井にはまた新たな感覚が浮かんできた。
それは、玲と同じようにアソコを重ねながらも、玲と自分は違うのだ、ということであった。
玲と体を重ね合わせながら、赤井は思った。自分は玲に攻められているのだ、快感を与えられているのだ、ということに。
あの時に感じた、受け身としての快感が、玲と同じような状態になって初めて、鮮明に浮かび上がってきたのだった。
攻められている自分……
快感を与えられている自分……
その立場を素直に受け入れる自分……
そんな自分を、当然のものだと思った瞬間、それに誘われるようにして、つながった部分から新しい快感がわき上がってきたのだった。
はじけるような快感が、赤井の頭を真っ白にした。快感が、赤井という存在を洗い流していく。触れあう股間から、体を抜けて、新しい快感が次々と襲ってくる。
快感の波が体を流れる度に、その体が大きく跳ねる。
快感に洗い流された頭に、その勢いに乗じるかのように、新たな快感が流れ込んでくる。
手足の感覚が消えていく……いや、手足の感覚が真っ白い快感に置き換わっていく。
「ど……どう? 私、もう……イっちゃいそうよ」
「だ、駄目っ! 置いてかないでっ!」
玲から離れまいと、赤井はその腰を玲へと重ね、その全てを玲へと捧げようとした瞬間、
「き、来ちゃう……入ってきちゃう……
あはぁ……あぁぁっー!」
全てを流し出すような快感に襲われた赤井の意志は、一気にかき消されたのだった。
短い、あるいは長い失神の後に目を覚ました赤井が最初に気づいたのは、体にかけられていた毛布だった。
そして、次に気づいたのは、そんな赤井を見つめてくる玲の眼差しの、暖かさだった。
「気づいた……みたいね」
「は、はい」
そう答えてから赤井は、気持ちよさに失神してしまった自分が恥ずかしくなり、その顔をすっぽりと毛布で隠したのだった。
「あらあら。そうやって顔を隠されちゃったら、あなたの可愛い顔が見えなくなっちゃうじゃないの」
玲の言葉に、赤井は毛布をずらして目だけを出した。
「可愛い?」
「ええ、可愛いわ。もっと可愛がって上げたくなっちゃうぐらいに、ね」
「本当に、もっと可愛がってくれるの?」
「ええ……この話に、次回作があれば、ね」
目だけを出す赤井を見つめながら、玲はそう呟いたのだった。
第三話「第二の戦士、現るっ!」:おわり
「あとがき」
今回もおつきあい頂きましてありがとうございます。作者の月下粋沐(げっかすいもく)です。
今回は、新しい仲間の登場という、ネタに詰まった漫画家がよくやるパターンでして、書くことがないのが丸分かりという話になっています。ネタに詰まった漫画家が新しい仲間を作って、それに縛られてさらにネタに詰まってしまうというのもよくあるパターンでして、そうなるのかなあ、と他人事のように思っています。
前半ギャグ、後半エッチといういつもの構成となっておりまして、振り返ってみると、前半で出てきたTS慣れというやつは、もう少し膨らました方がよかったかなあ、と思っているのですが、特訓以外で膨らます方法が思い浮かばなかったので、主題だか副題なのだか分からなくなっています。
後半のエッチシーンの方は、前回は赤井が攻める側だったのが、今回は受ける側になったということで、ちょっとは変化を付けられたかと思っています。このシリーズ、基本的には赤井視点の三人称となっていますので、前回との変化をお楽しみください。
さて、今後の展開ですが、どうなることでしょうか。こっちの方が聞きたいぐらいです。攻めと受けというパターンは使ってしまったので、次回はどうしたものでしょうか。まあ、あるかないかということをはらはらしながら次回作を気長に待ってやってください。
第四話へ続く
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