シリーズ「令子先生の非・日常」
『人を呪わば穴二つ』
作:月下粋沐(げっか すいもく)
百川学園で理科の受け持ちをしている永松令子先生には、いろんな噂が立っていた。
先生とは世を忍ぶ仮の姿、実はマッドケミスト(化学者)で、いろいろと怪しげな薬品を開発しているとか、本当は600歳を越える中世の魔法使いの生き残りだとか、実は左右両利きでバッターボックスに入ればスイッチヒッターだとか、実は必殺仕事人で、三両払うと悪人を始末してくれる、でも貧乏人の場合はもっと安くても大丈夫だとか、家で使っているビデオデッキはベータだ、とかいろいろと言われている。
もっとも、これらのうわさ話は、単に彼女がいつも理科室に居て、よくわからない実験をしているから、そう言われるようになっただけの話だし、それに、いい意味で生徒を生徒だと思っていない彼女の性格から、そううわさ話を口にする生徒にしても、もっぱら冗談として言っているだけだった。そもそも、それらの噂は、先生自身が広めているという話もあるし。
だが、中には、そんな噂を信じている人もいるのだった。正確に言えば、学校生活で悩みを持った人が、半ばそんな噂を信じて藁にもすがる気持ちで、半ば先生の性格を当てにして気休めで、その悩みをうち明けに、先生のところにやってくるのだった。
「で、あなたなの? わたしに相談したいことがあるって生徒は。
ええと、あなた名前は……清水直也でいいんだったわよね?」
実験を中断して、洗った手を、白衣にしては幅の広い袖のところで拭いながら、放課後の理科実験室にやってきた生徒の顔見て、令子先生はそう尋ねた。
尋ねながら、実験に邪魔にならないようにと、後ろで髪をまとめていた紐を外すと、長い黒髪が、白衣の後ろをふぁさぁっ、と舞った。
「あ、はい。俺、あ、僕、先生の噂を聞いて、相談しにきたんです」
「わたしの噂って言うと……
実は府中の三億円事件の犯人はわたしだって奴かしら?」
「何ですか? その三億円事件ってのは?」
「あ、今の高校生にはそんなの知らないわよね。
まあ、わたしにしたって、『金田一少年の事件簿』読んで、このネタ使おうかなあ、って覚えていただけだものね」
頭をかくようにして、長い髪を肩までなで下ろしながら、先生はそうつぶやいたのだった。
そんな仕草を見る彼は、ちょっとリアクションに困った様な顔をしていた。
「ま、気を取り直して……
それで、清水君。わたしの『噂』を聞いて相談したいってのは、どういうことかしら?」
「はい。あの……先生、誰かを呪うってことができるんですか?」
呪う、という言葉に、先生の清水を見る目つきが、わずかに変わった。切れ長の目が、さらに鋭くなったのだったが、目の前にいる清水すら気づかないほどの、わずかな変化であった。
「先生?」
何か反応があるだろうと思って言った言葉に、令子先生がまったく無反応だったので、心配になって清水は改めて、目の前に座る先生の顔を見つめた。
「ふーん、呪い、ね……
そもそもどうして、呪いなんてこと、考えたの?」
「あ、はい。
先生、学年生徒委員長の、佐野美智佳って奴、知ってますよね」
清水の言葉に先生は、話の腰を折らぬように、短く、ええ、と答えた。
「あいつのこと考えると、どうにも腹が立つんです。
先生とかには優等生ぶっていて気に入られるようにしていて、俺たちにはそれを笠に着てやたらと態度でかいですし」
とりあえず、思っていることを全部吐き出させるということで、令子先生は腕組みをしてうなずきながら、彼の話を聞き続けた。
「それで、いつもから腹、立ててたんスけど。
こないだ、コンピュータ室のパソコンで、すけべなサイトを見ていたら、それをあいつに見つかっちゃって。そうしたらあいつ、俺に向かって、『このスケベ、変態、色魔。年齢と彼女いない歴が一緒。短小包茎。あんたなんかにスケベな目つきで見られるぐらいなら、校長とセックスした方がましよ』とか、言いたい放題なんです。
……本当のことを言われて、悔しくて悔しくて」
本当のこと、というところに力を入れたのを見ると、よほど図星だったようである。
「本当のこと……って。彼女の言ったこと全てが、あなたに当てはまるわけじゃないわよ」
「そ、そうなんですか?」
そんなことないわよ、とか言ってなぐさめてくれるのかなあ、などと考えて、直也は先生の言葉を待った。
「そうよ。色魔ってのは、女の人をたぶらかすことだもの。あなたにそんな甲斐性ないでしょ」
「……話を続けます。
それだけじゃなく、そのことを担任に告げ口までするんだから、もうやってられないっすよ」
「ふーん、そういうことなんだ……
つまり、その仕返しがしたいってことね」
「はい、そうなります」
一通り言い終えて、多少は気持ちが落ち着いたような顔で、直也はそう答えた。
「ま、手っ取り早い方法としては、一服盛るって手があるけれど。
何だったら、ヒ素なんてどう?」
そう言って先生は、机の中から、パラフィン紙につつまれた、白い粉を取り出した。
「そ、それは遠慮しておきます」
慌てて首を振る直也。
「そうよね。ヒ素なんてのは、証拠が残るから普通は使ったりしないわよね。昔っから、『貧者の毒』って言って、いい毒が手に入らない人だけが使っていたのよ」
そう言いながら、先生はパラフィン紙を開いて、中の粉末を、口の中へと流し込んだ。
「あっ」
いきなりのことに、直也は驚きの声を上げた。
しかし先生は、落ち着き払った顔のままで飲み終えると、直也の顔を見て、
「粉末カルシウムなんだけれど、あなたも飲む? 少しは落ち着くわよ」
ぶるん、ぶるん、と直也は首を横に16回ほど振って断ったのだった。
「それで、呪いのことなんだけれど」
真面目な顔になって、先生は直也の顔を見つめた。
「まあ、出来ないこともないけれど」
「出来るんですか!?」
「まあね……ちょっとカーテン閉めるわね」
そう言って立ち上がるなり、先生は薬品や煙で汚れたカーテンを閉めた。
「別に、外なんか気にする必要ないんじゃないんすか?」
「いいえ、猫が見ていたわ。昔から、猫は魔のものなんて言われているから、用心しなくちゃいけないのよ」
「そ、そうなんですか」
その割には、いつも同様大きな声で話すなあ、などと思いながら、直也は続く先生の話を待った。
「でね、さっきの呪いのことなんだけれど、あなたにも一苦労してもらえるなら、出来ないことはないわよ」
「ええ、必要な材料を集めるとかだったら、喜んでやります」
その決意を見せるように、力強く答える直也であったが、
「ううん、材料は全部揃っているから、そういう必要はないわ。
ドラゴンの肝も、人魚の鱗も、イエテェの涙も全部揃っているから」
「ど、どういう材料なんですか……」
「ま、調達方法についてはワシントン条約があるから、あんまり大きな声じゃいえないけれど……
ところであなた、『人を呪わば穴二つ』って言葉、知ってる?」
何かを確認するかのような顔つきで先生はそう尋ねた。
「聞いたことならばありますけれど、意味はちょっと……」
語尾のところを愛想笑いに変えながら、直也はそう答えた。
「この穴ってのは、墓穴のことでね。他人を呪い殺そうと思ったら、自分も死ぬようなことになる、ってことなのよ」
「じゃあ、俺死ぬんですか?」
「あなたが死ぬつもりならば、相手を死なすこともできるわよ。
これを使えばね」
そう言って先生は、今度はパラフィン紙につつまれた、黒い粉を取り出した。
「今は材料の段階だから、まだ効き目はないんだけれど……
完成させた薬をあなたが飲むとね。
あなたの感覚と、あなたが呪いたい相手の感覚がリンクするのよ」
令子先生の説明が理解できずに、直也の顔はすっかり固まってしまった。
「……つまりね。この薬を飲んで、あなたが痛い目に遭えば、相手にもその感覚が伝わって、何も起こっていないのに、痛がることになるのよ。
まあ、言ってみれば、人間を使った、呪いのわら人形ってところかしらね」
「はあ……
でも、痛いのはちょっと」
「まったく根性ないわねえ……
ま、そういうだろうとは思っていたけれどね」
むしろ予想通りの返事が返ってきた、というような表情で、先生は言葉を続けた。
「いいこと。伝わるのは、痛みだけじゃなくて、全ての感覚なのよ。
もしも、彼女がみんなが見ている場所にいる時に、あなたが自分の体を使って、すけべなことをしてごらんなさい。
その感覚が伝わって、たまらなくなって……一人で始めちゃうわよ」
切れ長の瞳を、すぅぃっ、とさらに伸ばして、先生はいたずらっぽくそう言った。
「始めるって……
あ、そういうことですか」
ようやく先生の言わんとすることが分かって、直也は顔を明るくしてそう答えた。
「夜中に部屋に一人でいる時とかにそんなことをしてもしょうがないけれど、これがみんなの前とかだったら、結構なことになるんじゃないの?」
「そうっすね……
そういえば、毎週金曜日の放課後には、あいつ校長にごまを擂っているらしくて、一時間ぐらい校長室に入っているんですよ。その時を狙ってそれをやってみれば」
「あら、それは都合いいじゃない。
じゃあ、わたしはさっそく準備をするわね」
そう言って先生は立ち上がると、部屋の一角にある棚の扉を開けて、その中からアルバムのようなものを取り出した。
「ええと、二年B組の佐野美智佳ね。
あ、これだわ」
そう言って令子先生は、手にしたアルバムから、一本の黒い糸を取り出した。
「なんですか? それは」
「これ? これは、彼女の髪の毛よ」
「彼女って、佐野の髪の毛ですか。でもどうしてそんなものがそんなところに?」
「わたしの趣味よ。実益も兼ねた、ね」
そんなことをしてどうするのだろうかと思ったのだが、直也は変な答えが返ってきたら嫌なので、それは聞かないでおいた。
「それじゃあ、今日中に薬を作っておくから。
明日になったら、またここに来てくれればいいわ」
「じゃあ、お願いします」
そう答えて、理科室の扉を出て行く直也には見向きもせず、さっそく先生は、再び髪を後ろに縛りまとめてから、薬を作り始めたのだった。
翌日になって、直也は授業が終わるなり、理科室へと走っていった。
「先生、昨日言ってた薬、出来てますか?」
「それだったら、とっくに出来ているわよ。
じゃ、さっそくこの薬を飲んでもらえる?」
そう言って先生は、小さいプラスチックケースから、黒い丸薬のようなものを取り出した。
「これを水で飲み込めばいいから。コップはそこにあるわ」
直也は、先生から薬を受け取って、指さされた先にあるコップに水を汲んで、一気に飲み込んだのだった。
「……これでいいんですか?」
「そうよ。薬を飲めば、後は効果が出てくるのを待つだけよ」
「効果、ってどういう風になるんですか……」
そこまでしゃべったところで、直也は体のどこかが、何か変なことに気づいた。
「な、何か、体が変なんですけど。これがその効果が出るってやつですか」
「そう。それでいいのよ。今、彼女に関する情報があなたの身体を変化させているんだから」
「へ、変化させるって……?」
そうつぶやいた自分の声が、直也の喉を刺激した。
「な、なんか、喉が変なんですけど……
扁桃腺が腫れた時みたいに……ん?」
変化は、喉の痛みだけではなかった。その声すらも、変化していたのだった。
「な、何か。声が高くなってるみたいな……あ、また変わった」
その声は、いつもの彼の声からは想像もできないように変わっていた。それどころか、男の声だとはとても思えないようなものに変わっていたのだった。
「あ、む、胸が……」
「あ、そうね。上着をはだけておいた方がいいわよ」
「上着を、ってどうして?
ひゃうっ」
すっかり女の子のような音色に変わった声で、直也は叫んだ。
胸へと伝わる圧迫感、刺激、違和感……胸で起こった全ての感覚は、これまでに一度も感じたことのないようなものだった。
「まさか、胸が大きく?」
慌てて上着のボタンを外して、さらにその下のシャツのボタンも外すと、その下には、皺にしては不自然なほどに隆起した肌着が見えた。
「な……はうっ」
膨らみ始めた左胸へと、右手をたたきつけるかのように当てると同時に、直也は力無い声を上げた。
自分の体だとは思えないほどの柔らかさが伝わってくる手のひらは、さらに膨らむ胸に押し返されるような形となっていた。
「あっ!」
突然、口を開けて直也は叫んだ。
次の瞬間、胸へ触れていた右手は、股間へと向かった。
「なく、なく、なく、なくなるんじゃないっ」
何かから守るかのように、慌てて股間を両手で押さえるものの、その下にあるものは、着実に小さくなって行った。
股間にある膨らみを押さえていたはずの両手は、押さえるべき膨らみを見失い、ぺたりと股間へと張り付いていた。
元に戻れと願いながら、その手のひらを平らになった股間をまさぐらせていると、
「あひゃひょぬむ」
文字で書き表せないような悲鳴を上げて、その両手を股間から勢いよく離したのだった。
「その様子だと、すっかり準備は終わったみたいね」
満足げな顔で、令子先生は直也の姿を見た。
もっとも、直也の姿と言っても、彼女の目の前に立つ一人の人物から、直也だと見分けられるようなものは、着ている制服しかなかった。
それ以外の全ては、男であった直也からは、想像も付かないほどに変わっていたのだった。
針金のようなストレートの黒髪。
鋭い目つき。
鼻っ柱が強い、ということを体現するかのような、ツンとした鼻。
きっちりと閉じればシニカルな笑みを浮かべるような口元。
体の方は、男物の制服に隠れて見ることができないが、反り返るように伸びた背筋からは、やはりその性格が容易に想像できるようだった。
「俺、どうなった……この声、もしかして?」
「そうよ。何だったら、あそこにある鏡でも見てみたら」
体のバランスが崩れたようによろけながら走った先にある鏡に映っているのは、まぎれもなく、直也が嫌っている人物である、佐野美智佳だった。
「どうして?」
鏡から目を背けるように、先生の方を向いて、聞き慣れた、しかし耳にするのも腹が立つ佐野美智佳の声で、直也は答えた。
「どうしても何も、あなたの体に起こる感覚を伝えるんでしょ。だったら、体は同じになるに決まってるじゃない」
「決まってるって、俺はンなこと聞いてないっすよ」
「そりゃそうよ。言ってなかったもの。てっきりそんなこと、わかってると思ってたわ」
「こんなの、分かるわけないっすよ」
「呪われる相手も女の子、呪うあなたも女の子。これが本当の、人を呪わば『穴』二つ、ってやつね」
そう言って令子先生は、からからと笑ったのだった。
「笑わないで下さいよ。それよりも、どうすれば元の体に戻るんですか?」
「それだったら、一時間もすれば元に戻るわよ。そういうつもりで薬品を調整してあるから。
でも、今は戻ることを考えるよりも、彼女への復讐をするのが先なんじゃないの?」
「あ、そ、そうだったんすよね」
「そうよ。今彼女は、校長室にいるんでしょ。早くいやらしいことをして、校長室にいる彼女の体をめちゃめちゃにしちゃいなさいよ」
慌てる直也とは対照的に、先生はあくまでも冷静にそう言ったのだった。
「そ、そうですよね……あ、でも、この格好でやるんですか!?」
「そうよ。同じ体だから、感覚が伝わるってさっき言ったじゃない」
「でも……今、俺の体、女のものなんすよ。どうやっていいのかも……」
「いいじゃないの。いい経験だと思えば」
からかうような声で、先生はそう言ったのだった。
「さ、早く始めないと、予定の一時間が過ぎちゃうわよ。
なんだったら、わたしが手伝ってあげましょうか?」
「い、え。やりますっ」
そう叫ぶなり、直也はその服を脱ぎ始めたのだった。
制服を脱ぎ捨てて、男物の下着だけの格好になった直也は、その場に立ちつくしていた。
「どうしたの? ぼんやりとしちゃって」
「いや、なんか変な格好になったな、と思って」
確かに、その姿は変なものだった。男物のタンクトップの下には、その布地に押しつぶされるようにして、丸い膨らみが二つあったのだった。
そして、その下には、だぶだぶになったウェストがあった。
さらにその下には、お尻の方に引っ張られるようにして伸びるトランクスがあった。もちろん、前のところには、本来トランクスが隠すべき膨らみは見当たらない。
「あ、そうよねえ。いくら他人の体でも、わたしが見ていたら気になっちゃって、何もできないものね」
決めつけるように先生はそうつぶやいた。
「それじゃあ、薬が効いている間は、わたしは部屋を出ているから、あなたは一人で、いろんなことをやってみなさい。
保健室じゃないからベッドはないけれど、そこにあるソファがその代わりになるわよね。それに、この部屋は防音施設はしっかりしているから、どんなに大きな声で喘いでも聞かれることもないわよ。鍵は外からは開かないようにしておくし。
あ、それと。ソファの横に、お楽しみのための小道具を置いていくからね」
まるで、これからするべきことを指図するかのような口調で、一通りそう言い終えると、悠々と部屋を出ていったのだった。
後に残されたのは、直也だけだった。もっとも、第三者が見たら、男物の下着につつまれた佐野美智佳がいるだけのようにしか見えないだろうが。
佐野美智佳の体となっている直也は、彼女の、というか自分の体を見下ろした。
真っ先に飛び込んできたのは、白いタンクトップを押し上げるようにして膨らんでいる、二つの丸いものだった。
……そして、さらに見つめるその視線は、その二つの丸みの中心を表すかのような、小さな突起へと向かった。
(……これって、乳首なんだよな)
自分の胸にある膨らみの中心にある突起を見て、直也はそう心の中でつぶやいた。
胸の膨らみだけを見れば、タンクトップが丸く盛り上がっているだけ、とも見えないことはないのだが、その小さな突起のために、その膨らみが、やけに艶めかしいものに思えた。
そんな自分の胸を見ながら、直也は不思議な感覚に囚われていた。
これまでに、自分の胸というものを、まじまじと見つめたことのない直也にとっては、自分の胸を見つめるという行為が、我ながら不思議でたまらなかった。
自分の体の一部から、目が離せないという、不思議な状況だった。
直也は、ごくりとつばを飲んだ。
そして、無意味にうなづいてから、胸の中心にある小さな突起へ、人差し指をゆっくりと伸ばしていったのだった。
「ひゃっ!」
触れると同時に、まさしく女の子の悲鳴と言った声を上げた直也は、慌ててその指を引っ込めた。
触れると同時に起こった、強烈な、しかも経験したことのないような刺激に、慌ててその指を引っ込めたのだった。
(な、何だ……今のは?)
直也の頭は混乱した。説明のつかないような事が起こった中で、どうにか考えた末に出た結論は、今の刺激は、乳首を触ったからだ、ということだった。
当たり前な結論のようなのだが、女の体になっていきなり乳首を触った直也にとっては、自分の体に触るということと、あのような強烈な刺激が起こるということを、すぐに結びつけるのは不可能なのだった。
ようやく事態が飲み込めてみた頭で、直也は改めて考えてみた。
(本当に自分の胸かと思って触ってみたんだけれど……なんか自分の体じゃないみたいだよな……
それに、女の子って乳首が感じるはずなんだけれど、今のって気持ちいいとかそういうのじゃなくって……何だったんだろうか?)
そう思って、直也は、自分の乳首へと意識を集中してみた。男の体の時には、そんなことをしようと考えたことがなかったのだが、この時は、すぐにそうすることができた。
いや、そうせざるを得なかったのだった。
ついさっき、直也の指先が触れた、左胸の乳房には、じんじんとした感覚が残っていたのだった。
(ど、どうして……)
もちろん、さっき触った指先は、乳房から離したままになっている。今乳房に触れているのは、タンクトップの布地だけなのに、それとは違った、余韻、とでも言った感覚が、左の乳房にだけ、残っていたのだった。
右胸は、と思い、そちらに意識を向けてみたのだが、同じような突起はあるのだが、そちらには、触られた左の乳首のような余韻は感じられなかった。
(ひょっとして、触り方がまずかったのかな?)
直也は、いつかは役に立つだろうと思って覚えておいた、『女性の愛し方』とか言った本のことを思い出した。
(はじめのうちは、優しくソフトにさわるべし、だったっけか?)
その言葉を思い出して、彼は今度はその手のひらをゆっくりと動かして、膨らみの下へと持っていった。
そして、手のひらを丸めて、胸を持ち上げるようにしてみると、
「あふっ」
手のひらからは、予想通りの、いや、予想を上回るほどの、柔らかい乳房の感触が伝わってきた。
しかし、それと同時に起こった、予想もしていなかった刺激がまたしてもわき上がり、直也は思わず声を出してしまったのだった。女の子の、可愛らしい声を。
だが、今度はその手を離すことはなかった。手のひらには、柔らかすぎる胸の感触が今でも伝わってきているし、その胸からも、予想もしていなかった刺激が沸き起こっているのだった。
その胸からの刺激は、さっきの乳首からの刺激に比べれば弱いものだった。もっともそれは比較の上での話であって、もしも直也が真っ先に胸に触ってその予想もしなかった刺激を受けていたら、乳首の時と同じように、手を離してしまっていたことだろう。
それに、弱い刺激と言っても、単なる強い弱いの問題ではなかった。さっきのものとは、別の種類の刺激、と言った方がいいのではないか、と直也には思えるようなものだった。
(これって気持ちいいって感覚なのか?)
彼は、今自分の手のひらが触っている、自分の胸から来る未知の刺激と、『女の子は胸を触られると感じる』という知識の間のギャップに戸惑っていた。
その戸惑いの中で、その手のひらを、胸の丸さをなぞるように動かしてみた。
すると、胸を撫でられたはずなのに、まるで背筋を上から下まで撫でられたかのような、ぞわりとした感覚が、直也を襲った。
(どうして、胸を触ってるだけなのに、背中がこんなになるんだろう?)
さらに広まる、感覚と知識のギャップに、直也はさらに戸惑った。
しかし、だからと言って、その手のひらを離そうとも、手の動きを止めようとは思わなかった。
どうして止められないのか、そのことも、さらに戸惑いを強めることとなったのだった。
(これが女の体の快感ってやつなんだろうか? 男とは違うもんだな)
男の時の快感を思い出そうとした直也は、手のひらほどのサイズの亀頭が、胸に張り付いているのだ、と思い浮かべてみた。
そう想像してみたら、それまで未知の刺激だったものが、なんとなく理解できるのではないかと思ったからだった。
そう思いながら直也は、その右手の手のひらを、左の乳房の下に這わせてみると、さっきまでのギャップが、少し埋まってきたように感じた。
手のひらを動かすたびに、ぞわりとした感覚が、胸を、背筋を通る。それと同時に、息が荒くなってきた。
(な、なんか気持ちいいよな……
それにしても、手のひらぐらいでかい亀頭が二つも胸に付いているなんて……)
頭の中に浮かぶ、あり得ないような状況が、直也に倒錯感めいたものを感じさせていた。しかし、その倒錯感は、同時に、未知の刺激とのギャップを埋める役割を果たしていたのだった。
(……でも、気持ちよくて、たまらねえ……)
たまらなくなった直也は、右手で揉んでいた左の胸に左手を這わせ、押し出すようにして右手を、右の胸へと動かした。
「あはぅっ」
左右の二つの手のひらで、胸にある二つの膨らみをまさぐっているうちに、だんだんと亀頭を撫でているという倒錯感は薄れていった。
しかし、薄れていったのは、あくまでも倒錯感であった。その刺激自体は、さっきから続いている……どころか、さっきよりも強烈なものになってきていた。
その刺激を、乳房からの刺激として味わえるようになってきた、と言うべきだろうか。
「あはぁ、はぁ、はぁ」
いつしか、その呼吸はさらに荒く、はっきりと耳に届くようになっていた。苦しげな、それでいて、男としての直也の心を揺さぶるような色っぽい呼吸音が届いていた。
刺激に慣れてきた余裕から、直也は改めて、その胸を見下ろした。
そこには、女の子の指先にまさぐられて、その形を変える膨らみが、タンクトップの下に見てとれた。
それは、女の子の指先にまさぐられている、女の子の胸であると同時に、自分の胸をまさぐっている自分の指先でもあった。
「もう……我慢できない」
自分の指が揉む胸が、タンクトップの中にあるということに我慢できなくなった直也は、そのタンクトップを一気に脱ぎ上げた。
その途中、生地が乳首をなで上げると、乳首から出た電流のようなものが、乳房全体を渦巻いた。
脱いだタンクトップを床に放り投げるなり、直也は再び自分の胸を見た。
そこにあったのは、二つの丸い膨らみと、その先端にある、ピンク色をした一対の乳首だった。
「これが……俺の胸……」
さっきまでさんざん見つめていた胸の膨らみだが、こうやって実際に見てみると、改めて不思議な感覚に囚われた。
男である自分の胸に張り付いている、女の子の胸。
直也は、再び両の手のひらで、二つの膨らみを持ち上げるかのように、その丸みをなぞってみた。
「あは……あっ」
タンクトップ越しだったさっきまでを上回る、吸い付くような胸の柔らかさと、乳房から伝わってくる刺激に、直也はまたしても声を上げた。
さっきまでの刺激によって、その乳房はすっかり敏感になっているようだった。その滑らかな表面をなぞる指先の一本一本の動きの違いが、はっきりと感じ取ることができた。
それどころか、その指先にある指紋のざらつきすら伝わってくるのではないかと思えるほどだった。
そんな敏感な乳房からは、体中が熱くなるような、それでいて眠たくなるような感覚が沸き起こっていた。
そんな、すっかり熱くなっている乳房の中でも、よりいっそう熱くなっている箇所へと、直也は、そのすらりとした指先を伸ばした。
「ひゃっ……あふっ」
指先に刺激されると同時に、乳首に沸き起こった刺激に、直也はまたしても声を上げた。しかし今度は、その指先は、とがった乳首を離れることはなかった。
さっきは強烈としか思うことができなかった刺激を、乳房への刺激によってすっかり慣れた、いや開発された直也の神経は、今度は一つの感覚として受け止めることができた。
それはやはり、乳房への刺激とは別のものだった。乳房への刺激が、眠たくなるような、つつまれるようなものだったのに比べると、今触って離さない乳首の方は、目が覚めるような、突き刺さるような刺激だった。
(……どうして、こんなに違うんだ?)
場所がわずかに違うだけで、感じ方がこうも違うという、男の時にはなかったような体験に驚きながらも、直也の指先は動き続けていた。
左右同時に乳首を刺激することもあれば、右の指先で乳首をつまみ上げながら左手は乳房全体を揉みしごくということもあった。
そして、左右で同じことをすれば、片方よりもはるかに強烈な刺激が、左右で別のことをすれば、まったく異質の刺激がわき上がってくるのだった。
直也の指先は、そのあらゆるバリエーションを求めるかのように、その緩急を楽しむかのように、休むことなく動き続けたのだった。
際限なく自分の指先を、自分の胸へと動かし続けていた直也だったが、そのうちに立っていられなくなってきた。
それは、体中の全ての神経が胸へと集中して、足への意識が向かなくなったから、ということもあるのかもしれないが、その足の付け根のところに、なんとなしに違和感を感じていたからだった。
しかし胸への刺激を止めることなく、直也は崩れるように、後ろにあったソファーへと座り込んだ。
ズキンッ。
ソファに倒れ込むと同時に、体のどこかからか、またしても未知の刺激が沸き起こった。
「はうっっ!」
思わず叫び声を上げると同時に、体中が、びくんっ、と跳ねた。
「い、今のって……」
その刺激の原因を探ろうと思った直也の意識は、自然と体の一点へと集中した。
その一点とは、胸の膨らみの向こうに見える、トランクスの中心だった。
体中が火照っている。頭の中が、いやらしいことで一杯になっている。そういう状況は男の時にもあった。
しかし、それによって起こる変化は、男の時にあったような、股間が大きくなる、というようなものではなかった。
今、彼のトランクスの中で起こっているのは、股間がむずむずとして、熱くなるような、まとわりつくような、そんな感覚だった。
直也は、両胸をもてあそんでいた両手を離して、その指先を、トランクスの両脇へと持っていった。
そのまま一気にずり降ろそうとしたのだが、急にトランクスがきつくなったかのように、脱ぎづらくなっていた。
ヒップが大きくなったことで、男の時とは違った場所が引っかかって脱がしにくくなっているのだが、直也は強引に、トランクスを脱がしにかかった。
トランクスを見つめる直也の目に、最初に飛び込んできたのは、陰毛だった。しかし、そのはえ具合は、男の時とは違ったものだった。
そして、その次に現れたものは……男のものとはまるっきり違うものだった。
自分の胸に、女の子が持つべき乳房がついているのだから、股間のところに女性のものが付いているだろいうというのは、頭ではわかるものの、実際に見てみると、直也にはそのことが、にわかには信じられなかった。
男として、本来持っているべきものがなく、その根本だった場所についているもの。
それを最初に見た瞬間、本来有るべきものが根本から切り取られて、その断面が露出しているかのような錯覚に囚われた。
しかし、次の瞬間、それは女性のモノであるということに気づいた。そう気づかせたのは、直也の目の前にある、二つの乳房だった。そのごく普通の組み合わせが、目の先にあるものの正体を直也に納得させたのだった。
直也の股間にあるものは、彼がインターネットで見た、女性器と同じ作りをしていた。しかし、その部分部分は、画面で見たものに比べると、毒々しさは感じられず、むしろ繊細さすら感じさせるものだった。
それが、女子高生のものだからなのか、佐野美智佳のものだからなのかはわからない。直也にわかるのは、女性の体にあるべきものが、自分の体に付いている、ということだけだった。
直也は、しばし体が固まったかのように、自分の股間にある女性のものを眺めた。
しばらくして、頭を二、三度振ってから、指をかけたままとなっていたトランクスを、足下まで降ろしたのだった。
そのトランクスが通る足には、男の時に生えていたはずのすね毛は見当たらなかった。そして、トランクスが足を抜ける拍子に、細くなったためか、労することもなく、靴下も一緒に脱げたのだった。
直也は、脱いだトランクスを放り投げると同時に、両足を広げるようにして、床に落ち着けた。
そして、その広げた両足の間にあるものを、じっと見つめたのだった。
「これが、女のあそこ。佐野美智佳のあそこなのか」
じっと見つめる、女性の中心へ、直也自身も気づかないうちに、その右手が伸びていた。
指先が、濡れる肉襞へと伸びた。
「あひゃぅっ!」
またしても沸き起こる未知の刺激。いや、今の直也にとって、それは未知の快感だった。そして、強烈な快感だった。
直也の指は、突き刺さったままだった。
そして、そこに浮かぶ筋に沿って、ゆっくりとなぞり上げていくと、全身をなぞり上げられるような感覚が襲ってきた。
「あ、あはぁ……あふぅ」
直也は、その指先を、二度三度、上下に動かしてみた。その指先にまとわりつく、わき出ている蜜にぬめる、柔らかい肉の感触を味わいながら。
そんな快感とあえぎ声を伴った往復運動を繰り返しているうちに、勢いづいた指先が、さらに上へと動いた。
指先が、その先にある、小さな突起に触れた瞬間、
「ひゃふっ」
直也の体が、ビクン、と跳ねた。それは、快感という刺激に慣れていたはずの直也にとっても、驚きに値する刺激だった。
思わず指を離して、その先にあるものを見た。そこにあるのは、蜜に濡れて輝いている指と、包皮に隠れる、小さな突起だった。
「……クリトリス」
直也は、佐野美智佳の声で思わずそうつぶやいた。それはまるで、未知の快感を与えた器官の名を口にすることで、その刺激を理解して受け入れようとしているようでもあった。
ごくり、とつばを飲んでから、もう一度、その突起へ指を伸ばしてみた。
「あ、あくっ、くくぅぅ」
止めどなくあふれてくる快感に耐えるかのように、歯を食いしばる直也の口からは、溶け入るかのような、甘いあえぎ声がもれてきた。
指先ほどもない、小さな突起を触るたびに、直也の全身が、びくんびくんと、跳ねるかのように震えた。
体をのけぞらせ、力無くその顔を右に向けると、その先には、口から涎を垂らし、とろけるような目でこちらを見る、一人の少女の姿があった。
「あっ……」
鏡に映るその姿は、佐野美智佳の顔であった。
しかし、彼女の顔である以上に、快感に呆然としている一人の女性の顔であった。
そしてその姿こそ、佐野美智佳の体となっている、直也の顔であった。
「これが……今の俺なんだ」
快感に打ち震えて呆然とする一人の少女の顔が、自分のものなのだという事実は、直也にとっては、胸に膨らみがあり、股間に女性の割れ目があったということ以上に衝撃的なものだった。
女の快感の方が、男のものよりもはるかに強く深いものだということは今までの経験でわかっていた。だが、それによって男である自分が、女と同じような表情をして、同じように感じるとは思っていなかった。
(俺、今は佐野美智佳になっているんだよな)
自分に言い聞かせるように、心の中でそうつぶやいた。
そして、その事は同時に、直也の手によって、佐野美智佳という一人の女性を、こんな表情にさせてしまっている、ということでもあった。
(……今は、こいつの体を、思い通りにできるんだよな)
そう思った時、直也は、今目の前にある、そして自分のものとなっている、彼女の体を、滅茶苦茶に弄(もてあそ)んでやろうと思った。
「恥ずかしいポーズを取ってみな。そうだな……
四つん這いになってみろ」
鏡に映る彼女に向かってそう命令してから、直也は自分の命令に従う彼女の体を動かして、ソファの上に四つん這いになった。
目の前に見える鏡をみると、おどおどした表情の彼女が、顔をこちらに向けて、その後ろでは尻を持ち上げて、こちらを見つめている。
(でも、なんかこいつの女の声で命令するのって変だよな)
四つん這いになってから直也はそう考えてからしばらくして、
「四つん這いになりました」
彼女の口調で、そう言ってみた。
彼女の口から、服従を表す彼女の声が聞こえた時、直也の心は、ぞくりと打ち震えた。
(こいつにこんなこと言わせるのって、気持ちいいな。胸を触るのとは、違った快感ってやつだよな)
動きだけでなく、しゃべる言葉まで彼の命令に服従するとわかって、その征服欲が満足されたのだった。
「な、直也。いやらしいわたしを見て」
直也は、ヒップを持ち上げながら、そうつぶやかせた。
(うーん、これだと恋人みたいで変だよな)
そう思って、別の言葉を口にさせた。
「ご主人様……」
ふと思いついた言葉だったが、
(これじゃ、マ○チみたいだし。あいつはあんなに優しい女じゃないし)
そして、また別の言葉を、彼女に言わせてみた。
「直也様……」
彼女の声で、その言葉が聞こえた瞬間、直也の心に、びくり、と来るものがあった。
(これだ、これでいこう)
そう決めた直也は、肩をソファへと落とし、その両手を、彼女の感じる部分へと動かしていった。
「あふっ」
鏡に映る、美智佳の全身が、びくん、と動いた。
その動きは止むことなく、直也の動かす手の先からの、胸への、股間への刺激によって、絶えず続いたのだった。
「ああんっ、あんっ、あぁっ。
もっとお願いします。直也様……」
美智佳の口から、苦しげなあえぎ声の合間に、おねだりの言葉が漏れる。
その言葉を待っていたかのように、直也の手が、さらに刺激を与えると、彼女はうっとりとした声で、
「あ、ありがとうございます。直也様……」
そう、お礼の言葉を口にするのだった。
股間への刺激を続けるうちに、そのヒップがだんだんと持ち上がっていった。しかしそれは、指から逃げているのではなく、より深い位置を求めてのことだった。
鏡に映るヒップの位置が高くなると同時に、その動きもだんだんと激しくなっていく。同時に、その不安定な場所と、力のなくなった腰からくるその動きは、予想も付かないものとなった。
直也の意志すら離れて動く股間に当たる直也の指先は、直也が自由に動かしているはずなのに、彼にすら想像も付かないような動きをしていて、まるで本当に、誰かから直也の股間へと指を入れられているかのようだった。
そんな風に、自らの意志を持った指先が、直也の肉壁の内部を刺激していると、不意に中指が、その奥深くまで入った。
「あはぁぁっ!」
体に突き刺さるような快感に、直也は肺の中の全ての空気を吐き出したかのような、叫び声を上げたのだった。
(な、何だ? 今のは? 膣の中でクリトリスを触ったみたいな……)
あまりの快感に、しばらくは鏡に映る自分を見つめてから、
(ひょっとして、今のってGスポットってやつか?)
雑誌で覚えた知識と、今の状況を必死に結びつけようとした。
(それにしても、Gスポットなんて)
……女性の中には、膣にGスポットというものがある人がいて、そこを刺激されると深い快感を得ることができる。
膣の中にあるという、女性の神秘のようなものが、今の自分の体の中にあるというのは、直也にとってショックなことだった。
(本当に……あるのかな……?)
「あふぅぅっ!」
半信半疑で伸ばした中指の先から、またしても激しい快感がわき上がった。
もうその指先は止まらない。それがまるで、快楽を与えてくれる、秘密のスイッチであるかのように、中指の腹で、その箇所を刺激したのだった。
そして、その指先へと、もっともっとと言わんばかりに、柔らかい肉壁がまとわりついてきて来る。指先を根本まで包み込み、決して外に出さないようにする一方で、さらに奥へと引き入れようと、指先へその襞一つ一つがまとわりつき、中へ中へと誘うように動いているのだった。
指先から伝わってくる、彼の意志を離れた肉壁の動きに、直也の頭はぼんやりとしていた。
(自分の体が、こんなにいやらしい動きをするなんて……)
指先だけでなく、直也の心までもが、その動きにからめ取られていた。
「ああっ、あんっ、あんんっ!」
今の直也にとって、感じられるのは、指先に当たるものから来る快感と、その指先にまとわりつく肉の動きだけだった。
直也の体に快感を与えているのは、わずかに指先一本。
そして、その快感が生まれているのは、指先に当たる小さな部分からだった。
全身の神経が、体の中の、小さな一点と結ばれていく。
体中の細胞が一点へ向かって集まっていく。
直也の意識がぽろぽろと崩れていき……
そしてGスポットという一点に再び集まった時、
「あああぁぁぁっっっーーーー!」
一点に集まったものが、再び体中に広まるかのような、叫び声を上げたのだった。
ソファにうつぶせになりながら、直也は目の前の鏡を見つめた。
そこには、荒れる息に肩を動かす、美智佳の姿があった。
その表情は、今までの出来事に、うっとりとしている様子だった。
しかし、その表情の下には、まだまだくすぶり続ける欲求があるということを、直也はわかっていた。
快感の余韻の残る全身の中で、ただ一カ所、ぽっかりと穴が空いたように取り残されている部分があった。
「指だけじゃ、満足できないって言うのか……」
直也は、彼女の声で、ぽつりとつぶやいた。
……どうして満たされないんだろうか? 男だったら、とっくに満足しているはずの快感の余韻を感じながら、あれこれと考えてみた。
やっぱり指先一本じゃ駄目なんだろうか、それとも女の体って何回でもイケるって話だからそういうことなんだろうか、それとも女の本当の絶頂ってのはこんなものじゃないってことなんだろうか……
あれこれと考えるものの、考えはまとまらず、その意識は、体の一点へと向かっていった。
快感に取り残されて、ぽっかりと空いた穴というのは、文字通り、体の真ん中にある穴のことだった。
「も、もっと大きいものは……」
未だに快感に支配されていて、なかなか直也の言うことを聞こうとしない体を横に向けると、ソファの横にあったテーブルの上に、黒光りするものを見つけた。
「そういえば先生、お楽しみのための小道具なんて言ってたっけ」
ソファに倒れ込みながら伸ばした手の先に触れたものを掴んで、そのまま目の前へと持ってきた。
目の前で、女の子の手につつまれているバイブレーターは、テーブルの上にあった時よりも、一回りも大きく見えた。
「これだったら……」
決意を固めるために、大きく深呼吸をしてから、直也はその体を再びうつぶせにした。
そして、鏡に向かってさっきと同じ、ヒップを持ち上げるポーズを取ったのだった。
鏡には、直也の考えた通りの、いやらしい格好をする美智佳の姿があった。
バイブレーターを右手に持って、誘うように持ち上がるヒップへと持っていこうとした時、直也はふと思いついたことがあった。
一旦、その手を肉壁から離して、
「直也様の、太いおちんちんを入れてください……」
わざと口ごもるように言わせてみたのだった。
その言葉に、彼女の全身が火照るのが、直也にはわかった。
鏡に映る彼女の体は、さっきまでよりも赤みが増しているし、その体中からは、火照った感じが伝わってきている。
そう思った次の瞬間、その火照りが、一瞬にして、快感へと変わった。
体中に、消えることのない火を付けられたような、そんな快感だった。
(どうして、気持ちいいんだろう?)
そう思った直也は、もう一度、彼女を恥ずかしがらせるような言葉を口にさせた。
「お願いします。わたしの、いやらしいおま○こに入れてください……」
またしても体中に広がる、恥ずかしいという火照り。
そして一瞬にして、全身をなで上げられるような感覚に襲われた。
さらにもう一度試すような余裕は、今の直也にはなかった。
恥ずかしい言葉を無理矢理に言わされて、後は一刻も早く入れられるのを待っている、そんな状況になっているのだった。
直也はバイブレーターを持った右手を、持ち上がるヒップの奥にある、肉壁へと近づけていったのだった。
「あふっ」
その入り口に、指先とは違う、太く、固く、力強いものの先端が触れたと同時に、まるでそれによって肺から息が押し出されたような声を上げた。
「あ……あぁ……あぁぁ……」
絶え間なくその口から漏れるあえぎ声は、直也の体が出した蜜で濡れる肉壁へとゆっくりと埋め込まれていくバイブレーターの様子を物語っているようだった。
そのバイブレーターを埋め込む右手には、指よりもはるかに太いものを入れられることへの、肉壁からの抵抗が伝わってきていた。
いや、それが抵抗ではないということは、直也自身が一番よくわかっていた。鏡に映るそのヒップは、入ってくるバイブレーターを押しつけるように小刻みに動いているし、そのバイブを挟み込む肉壁が、あの時の指に対してと同じような、いやらしい動きをしているというのは、なんとなしにわかっていた。
むしろ、抵抗というよりも恥じらいなのかもしれない。さっき恥ずかしい言葉を口にして感じた、恥ずかしいという気持ちがそうさせているのかもしれなかった。
しかし、それをうち消すかのように、バイブはゆっくりと、着実に奥へとその身を突き入れていった。
「あふぅぅっ」
バイブの先端が、肉壁の一点に当たった時に、直也はまたしても、あの時に感じた快感を味わったのだった。
そこで直也は、バイブレーターを押し進める手の動きを止めて、ゆっくりと横へ動かしてみたのだった。
「あ、あはっ、あふっ」
指先の動きに逢わせて起こる振動によって、直也の肉壁は、激しく揺さぶられた。そして同時に、肉壁の一点から、激しい快感が沸き起こった。
「いいっ、き、気持ち……いい」
体の一点から沸き起こる快感を、自分自身に伝えるように、直也はそう叫んでいた。
さらに深く突こうと、バイブを一旦引き抜こうとしたのだが、その抵抗は、入れる時を上回るようだった。それはまるで、一度口に入れた獲物を決して離そうとしないイソギンチャクのように思えた。
そんな欲深いイソギンチャクをなだめるように、わずかにバイブを引いてから、さっきの場所をめがけて、もう一度突き立ててみた。
「いい、そこ。も、もっと、お願い……」
いつしか、自然と女言葉になりながらも、右手のピストン運動を繰り返し、それをさらに深いものにしようと腰を動かして、その快感を求め続けたのだった。
そんなことが何回か繰り返された末に、右手の親指が、バイブレーターの突起にぶつかった。
ブゥーン。
くぐもった無機質な音が聞こえると同時に、直也の股間からは、全身を揺さぶるような快感が舞い上がった。
突風に吹き飛ばされた落ち葉のように舞い上がったその快感は、そのまま全身へと飛び散ったのだった。
「な、これ……」
直也は、右手に持ったバイブレーターを握りしめた。そこからは、力強い振動が伝わってきた。
「すご、凄すぎ……耐え……られない……」
もう右手を動かすことすら思い浮かばなかった。
全身を掴まれて揺さぶられるような快感の中で、その快感に吹き飛ばされまいとするかのように、右手でそのバイブレーターを掴み、体の中心へと押し当てているのだった。
激しい振動の中で、直也の体は、佐野美智佳としての快楽によって支配されていた。
今の直也が彼の意志で自由にできる体の部分は、押さえている右手だけだった。
しかしその右手にしても、それが快感を与えてくれているのではなく、単なる支えに過ぎなかった。
今の直也にとっては、唯一意志を持って動かすことのできる右手が恨めしくすら思えた。
体の全てを、この快感にゆだねてみたい。
佐野美智佳の体を支配していたはずの、直也の心は、その美智佳の体から沸き起こる快感に、自ら支配されるのを望むようになっていたのだった。
もはや、直也の意志を離れて沸き起こるあえぎ声を聞きながら、直也は快感の命ずるままに、その体を動かしていた。
腰を高く持ち上げて、前後に動かして、バイブレーターを入れる右手はしっかりとそれを握りしめ、左手では、ソファの縁をしっかりと握っていた。
ソファに押しつけられている胸には、大きなヒップの重さと、激しい腰の動きが伝わってきていて、二つの膨らむ乳房を、力強くソファへと押しつけ、二つの敏感な乳首をソファの冷たい布地へと、こすりつけていたのだった。
バイブレーターに押し出されるようにして前を向いたその顔の先には、そんな直也の姿を冷然と映し出す鏡があった。
そこに映っているのは、まるで誰かに腰を突き立てられているかのように激しく腰を動かす、佐野美智佳の姿があった。
彼女に腰を激しく突き立てている誰か……それは、直也のはずだった。
しかし鏡に映っているのは、美智佳一人だけだった。美智佳を責め立てているはずの、直也の姿は、鏡のどこを見ても見つからない。
(そうか……今の……わたしって、美智佳なんだ……)
そう思った瞬間……
さっき絶頂に達したときにはふさがることのなかった穴に、体中の快感が流れ混んできた。
流れ込んできた快感は、その穴を満たした。
そして、そのままの勢いで、いや、さらなる勢いを付けてあふれ出し、体中を回り巡ったのだった。
「あぁぁぁぁっっっっっ!」
体に残っていた、全ての力を、その快楽と絶叫に変えてしまったかのように、直也の心を持つ佐野美智佳の体は、がくりと崩れて、ソファの上に倒れ込んだのだった。
瞼を閉じ、ソファの上に倒れる汗ばんだ全身から、汗が蒸発していき、直也の体をひんやりとさせていた。
そんなことすら、今の直也にとっては、心地よかった。
(こんな余韻も……男の体にはないよな)
すでに、体中に力は戻ったようだったが、直也はソファの上に横たわったまま、動こうとはしていなかった。
それは、体の中に未だに残っている快感の滴を、体の動きによって失いたくない、そんな気持ちからだった。
直也はふと、上体を少し持ち上げて、右手を乳房の上へと持っていった。
すると、そこからは、じーんとした感覚が伝わってきた。
さっきまでの、激しい快感とは違ったものだったが、あの時の快感を思い出させるには十分な刺激だった。
「女の体って凄い……わね」
そうつぶやいた時、いきなり教室のドアが開いた。
「どう、ちゃんとやってる?」
そこに飛び込んできたのは、令子先生だった。
「せ、先生」
うつぶせになったまま、直也は先生の顔へと目を向けた。
「その様子だったら、十分満足したみたいね」
ソファの上に力なく寝転がる、裸の女の子を見つめながら、平然とした態度で先生は聞いてきた。
「は、はい。まだ雲の中にいるみたいな、ふわふわした感じです」
「……あなたのことを言ってるんじゃないわよっ。
あなたが呪おうとした、佐野美智佳のことでしょっ」
「あ、そうでしたね」
快感の余韻に浸り、当初の目的をすっかり忘れている直也であった。
「まったく。わたしは別に、あなたを楽しませるために、その薬を作ったんじゃないのよ」
腕組みして、裸の直也をあきれ顔で見てそうつぶやいてから、
「でも。ま、そこまでやっている以上、校長室にいる彼女、今頃、校長の前で、さんざん一人で悶えているはずよ」
長い黒髪を、ふぁさぁっ、とかき上げながら、令子先生はそうつぶやいたのだった。
*****
一方、そのころ佐野美智佳がどうしていたかと言うと……
「美智佳君。今日の君は、随分と激しいねえ」
「……なんか、変なの。いつものあたしじゃないみたい。すごい感じちゃってる」
「いいんだよ。変なぐらいの方が。いつもこうだったら、進学のことも、内申書のことも、全てわたしに任せたまえ」
と、いつものように校長とセックスしていたのでした。
(人を呪わば穴二つ:おわり)
「あとがき」
今回もおつきあい頂きましてありがとうございます。作者の月下粋沐(げっかすいもく)です。
「ていく・おーばー」の新シリーズが息詰まっているということで、気晴らしというか何というかで、新しいシリーズを作ってみました。
今回登場した令子先生は、本文では特に触れられていませんが、設定上は「ていく・おーばー」の永松啓子先生の妹ということになっています。
この令子先生、元々は、リナとナーガの入れ替わりもの「野望に胸ふくらませて」のネタを、「ていく・おーばー」番外編として使おうと考えて、それならば、呪術に強い妹というのを作るか、ということで思いついたものです。その話はなかなか書かないうちに、今回のネタを思いつきましたので、こっちの方を先に書くこととなった次第です。
そういう経緯ですので、シリーズとして独立させずに、「ていく・おーばー」の番外編としてもよかったのですが、敢えて新しいシリーズとしたのは、一つのフォーマットを作りたかったからです。それで意識したのが、海外のTGサイトでは一ジャンルとなっているSpells R USです。このSpells R Usを簡単に説明しますと、何も知らずに魔法道具店に入った人が、そこで買った魔法道具によって女性になってしまってひと騒動起こる、というものでして、いわゆるシェアワールドとして、多くのオンライン作家の手によって、作品が書かれています。最初の台詞のところで、相手の名前を呼ぶなんてのは、それを意識したものでして、他にも、このシリーズの英語名"Series of Reiko's Unreal days"の頭文字が同じSRUとなっています。
とまあ、こうやって新しいシリーズを作ったわけですが、書くことについては、上に書いた入れ替わりぐらいしか考えていません。他にも書きたいシリーズはいろいろとあるわけでして、果たしてこれからどうなるかは、作者すら知りません。
新しいシリーズの話はこれぐらいにして、今回の話にいきましょうか。今回のものは、いつも使っているサブノートが壊れてしまい、いつもと違う環境で書いたということで、どうもまとまりがないようになってしまいました。読んでいただければわかると思いますが、同じ体を動かすにしても、「直也が動いた」というのと「直也は彼女の体を動かした」という、二つの書き方が混在しています。こうした狙いとしては、しばらく女の視点というものを続けてから、何かのきっかけで、ふとその心は男であるということを見せる、ということを目指しているのですが、なかなか難しいものです。イメージとしては、「花嫁修業第一夜」の最後のところの、快感に悶える女の子がいると思わせておいて、それが実は自分なのだ、と知らせる、ということなのですが、狙いは見事にはずれてしまっています。
そんなこんなで、今回はこれにて。
月下の図書館へ戻る
メインページへ戻る
この作品は、
「月下の図書館」http://www.at.sakura.ne.jp/~gekka3/index.html
に掲載されたものです。