『闇に潜む者』〜第一章 "寄生"

作:月華


「誰よ、こんなところに、こんな石をおいたのは」
転んだ拍子に地面に打ち付けた膝をさすりながら、有紀は足下にあった石に向かって不満を漏らした。
階段を上ったところにある神社にいるのは、彼女だけだった。ジョギングの途中で、ふと気になって立ち寄った神社を、ぐるりと一周している時に、彼女は足下にある石に躓(つまづ)いたのだった。
バレーボールぐらいの大きさはある石は、長年の風雨に当たり、すっかり丸くなっている。
「ええい、こうなったら成敗してくれる!」
昨日、父親と一緒に見た時代劇で出た台詞を口にしてから、有紀はスニーカーを履いた足を持ち上げて、踏みつぶすように、石へと振り下ろした。
ごきり、と骨でも折れるような鈍い音を立てると、石は大きく二つに割れた。
「ふん、思い知ったか」
自分の戦果を見るように、彼女は真っ二つに割られた石の割れ目を覗き込む。
もしも今が、夕暮れで無かったら、彼女は気づいたはずだ。
石の割れ目から、黒い霧のようなものが現れて、彼女の口の中へと入り込もうとしたことに。
しかし、夕暮れに紛れたままに、そいつは姿を気づかれることなく、彼女の口の中へと入り込んでいった。
彼女が感じたのは、深呼吸をした程度の感覚でしかなかった。
何事もなかったかのように、彼女はジョギングを再開し、家路へと戻った。
これが、全ての始まりだった。

その夜、部屋に入った有紀は、自分の体が、いつもよりも熱いのを感じていた。
それは、彼女にとってなじみのある火照りだった。
と言っても、風邪を引いた時に感じるようなものではない。もっと熱く、体にまとわりついてくる――いやらしいことをしている時に感じる、火照りだった。
(どうしちゃったんだろ……あたし)
自分自身の体の火照りに、彼女は戸惑っていた。彼女だって、他の女の子同様に、オナニーぐらいはする。そして、ボーイフレンドの健司のことを思うたびに、体が火照っていくのを、他の女の子同様に、多少は気恥ずかしく思っていた。
今の彼女は、彼のことを考え一人でエッチなことをする前から、すでにその状態になっているのだ。
彼女は、火照った体に促されるように、右手を動かし、パジャマの上から、乳房を触ってみた。薄いパジャマの布地一枚を通して、手のひらに収まるような乳房の小ささ、そして柔らかさが伝わってくる。
手のひらへ伝わってくる感触は、いつもと同じものだったが、そこから感じる有紀の思いは、いつもと違っていた。これまでに何度も触っていたはずの自分の乳房が、やけに目新しいものとして感じられるのだった。
(あ……柔らかい……)
パジャマ越しに手を貼り付けたままに、手のひらを動かす度、胸元で乳房が形を変えていく。手の甲をおし当てると、おされた乳房は波打つように指先の方へと移動をする。指先を丸め、乳房を外側からかき集めるようにしてみると、乳房はわずかに盛り上がりを作りながら、手の中へと集まってくる。
小さめの乳房に引け目を感じている彼女にとって、胸を触ることは単なる雰囲気作りでしかなかった。
しかし、今の彼女にとっては、何よりも楽しいことのように感じられた。
(もう……我慢できない)
乳房の柔らかさを邪魔してくるパジャマのボタンを、有紀はもどかしげに外し始めた。途中、3つほどボタンを外したところで、手のひらを潜り込ませられるだけの余裕ができた。有紀は、そのまま手を乳房へ直に当てようとしたのだが、ふと思いとどまって、そのままボタンを外す手を、続けて動かしていった。
そして、最後のボタンを外すなり、彼女は両手で自らのパジャマを、左右へと開き、自分の乳房を見つめたのだった。
見慣れているはずの自分の乳房なのに、あたかも初めて見るかのように思えてきた。見つめていると、見てはいけないもの、ずっと見たかったものを、目にしているかのように思えてくるのだった。
日に焼けた腕とは対照的に、白く滑らかな女の子の肌。その胸元にある、二つの小さな膨らみ。体の中心から左右へと向かう二つの乳首。見ているだけで、有紀の心臓は、激しく高鳴っていく。
(触ってみたい……)
自分の胸を見て、触ってみたいと思ったのは、これが始めてのことだった。どうして見慣れているはずの自分の乳房に心惹かれるのか分からないながらも、誰に邪魔されるでもなしに、彼女は自分の胸元へと手を伸ばしていく。
「ん……」
手が触れた途端、思わず声が漏れてしまった。手のひらには、しっとりとした女の乳房が感じられる。
(女の胸って……柔らかい……)
自分の体を触っていることよりも、女の胸を触っていることに興奮を感じている有紀だったが、今の有紀にとっては、そんな感情が不自然なことだとは思わなかった。
むしろ、これまでに感じたことのない興奮に、押し流されるままに、自分の体を味わい続けていく。
有紀は、左の胸に当てていた右手を外して右の胸へと移動し、空いた左の胸には、左手を持っていった。
眼下には、手のひらに包まれた二つの乳房が見える。そして両手には、乳房の柔らかさが伝わってくる。
有紀の口元が歪み、いやらしい笑みが浮かぶ。それは、少女の笑顔ではなかった。女の乳房を思うままに触る男の表情だった。
指先をすぼめて、手のひらの中心に乳房を集めるようにしてから、有紀は手のひら全体で、乳房を揉み始めた。
若い少女の乳房は、細い指先をしっとりと受け入れながらも、やんわりと跳ね返してくる。手首を返し、指先を動かしては、その柔らかさと弾み具合を試し続ける。
乳房に貼り付いたままに動く手は、ますます激しくなっていく。まるで、男が女の体を一方的に味わっているかのようだった。あまりの強さに、有紀は乳房から痛みを感じるものの、乳房の蹂躙を止めることはせずに、むしろさらに強めていこうとするのだった。
「ん……あは……あぁっ……」
口から漏れていく自分の声が、やけに艶めかしく感じられる。いつもだったら、思わず声を出してしまうことに恥ずかしがっているはずなのに、声を聞くこと、声を上げさせることすら、快感に感じてしまう。
有紀の頭の中は、自分自身を弄(もてあそ)ぶことで一杯だった。いつもだったら、ボーイフレンドの健司のことを考えながらオナニーをしているはずなのだが、今日は健司の存在すら浮かんでこない。
まるで、オナニーをしている自分を、もう一人の自分が見つめて、そして楽しんでいるかのようだった。
自分自身の体を弄んでいると、股間の辺りが、じんわりと熱くなってきた。
(感じてきた……濡れてきた……)
胸を揉まれるうちに、さらなる期待に股間を濡らす自分自身の体に対して、有紀は優越感を感じていた。
自分自身に対する優越感、女性の体を思い通りに動かせる優越感……普通の状態ではありえない感情に、今の有紀は興奮しているのだった。
有紀は、ズボンをベッドの下に投げ捨ててから、続けてパンティに手を掛けた。
ベッドに膝立ちになり、ゆっくりとパンティを降ろすと、その下からは黒い茂みと、女性の部分が姿を表した。
いつもだったら、正視することのない場所だったが、有紀は自分自身の体にある、女としての受け入れ口を、じっくりと眺めた。
視線を股間から逸らさないままに、有紀はパンティを脱ぎ、ズボンと同様にベッドの下へ投げ捨てた。
ベッドの上に全裸で膝立ちになる少女の姿――自分自身の姿を、じっくりと有紀は眺めた。
そして、膝立ちになったままに両足を軽く広げてから、両手の指先を股間へと伸ばしていく。
「ん……」
敏感な場所に指先が触れると同時に、彼女の体が、ぴくりと動く。
くすぐったさを感じながらも、有紀の指先は、閉じられた割れ目の左右へと当てられる。そして、ゆっくりと左右へ広げられていった。
興奮のあまり、有紀の呼吸が荒くなる。
その興奮の理由が、指先で女性のものを弄んでいるからだ、ということに有紀は気づく余裕はない。今の有紀は、女性のものを指先でいじくり、眺めることに集中しているのだから。
指先には割れ目から流れ出てくる粘液がまとわりつくのを感じながら、有紀は指先を動き廻し、少しでも自分のものを見えやすくしようとする。
左手の親指と人差し指を割れ目の左右に当ててから、引っ張るように左右へ開きながら、右手の人差し指を割れ目の中へと這わせ、視界が届かないところを、指先で感じようとする。
中から湧き出てくる粘液を指先ですくい取り、わずかに上にある、敏感な部分へと、そっと塗りつける。
「んふ……」
敏感に反応する、自分の体。そして、敏感に反応する自分自身に興奮を感じる有紀。
有紀は、自分自身を押し倒したいような気持ちだった。
もちろん、自分自身に対してそういったことをすることは出来ない。
仕方為しに、有紀は目をつぶってから、自分自身を抱き、自分自身に抱かれることを想像し始めた。
ベッドに腰を落としてから、背中をシーツに押し当て、両足をM字型に開いた。有紀に覆い被さろうとする、もう一人の自分に対して、いかにいやらしく見せるかを考えながら、そんなポーズを取る自分自身に興奮を感じていた。
目を閉じたまま仰向けになっていると、右の胸へと手のひらが重ねられてくる。
有紀の脳裏には、ベッドに横たわる有紀の乳房を弄んでいる、男としての有紀の視界が浮かぶ。
「あは……気持ちいい……」
有紀が乳房を強く揉むと、女としての有紀が、甘い声を漏らしてくる。
目はうっすらと閉じられ、頬は紅く染まり、唇は小さく開かれ、切なげな呼吸をしている。
「お願い……胸だけじゃなくて、ここも触って」
女の有紀に手を取られながら、有紀の指先は、すでに濡れ始めている股間へと伸びる。
「そう……そこ……」
有紀がクリトリスを刺激する度に、仰向けになっている女は、切ない溜息をもらしていく。
「そのまま……続けて」
彼女の願いを受け入れ、有紀は指先の動きを続けた。乳首とクリトリスを同時に力強く責め立てていくと、二カ所から同時に沸き起こる快感に、少女は声を上げて、有紀の指先に翻弄されている自分の様を伝えてくる。
指先で、彼女をすっかり自分の虜にしていることに興奮しながら、有紀はさらに指先を動かした。
「あ……や、あたし……も、う、駄目……」
絶え絶えになりながら答えてくる少女に、有紀は最後の一撃を加えた。
乳首とクリトリスを、同時につまみ上げたのだった。
「あはぁっ!」
ひときわ力強い声を上げて、少女が果てたのを感じながら、有紀もまた、女性を絶頂に追いやったという満足感に浸りながら、絶頂を迎えたのだった。

有紀は、ぐったりとベッドに仰向けになっていた。
ぼんやりとしたままでいると、さっきまで頭を占めていた、自分自身を対象とした欲望は消えていき、変わって有紀のボーイフレンドへの思いが浮かんできた。
有紀は、下着も身につけないままに立ち上がり、机の上に置かれた携帯電話を掴み上げ、電話番号一覧の一番上にある番号へと、電話を掛けた。
「あ、健司? うん、あたし。
ねえ、急で悪いんだけど、明日デートしようよ。いいでしょ。土曜日なんだから。うん、それじゃあ、いつもの場所で9時に待ち合わせね。
うん、丸一日で。
楽しみにしているから。じゃあね」
まくし立てるように約束をしてから、有紀は電話を切り、小さく溜息をついた。
今の有紀には、明日のことで頭が一杯だった。
そして、明日のことを思い浮かべる度に、体が火照ってくるのを感じ、再び自分自身を欲望の相手としようと、股間へと指を伸ばしたのだった。

第一章<完>

第二章「覚醒」へ
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この作品は、
「月華の本棚」http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/8113/main.html
に掲載されたものです。