『闇に潜む者』〜第四章 "転移"

作:月華


「健司。今日の夜は、付き合ってもらうわよ」
木曜日の放課後、部活に向かおうとしていた健司を見つけた有紀は、背後から近づき、耳元で囁いた。
たわいもない若い男女の内緒話のような光景だった。
「家に帰って着替えたら、すぐにあたしの家に来てね。待ってるから」
「ああ、分かった。すぐ行く」
手を振りながら去っていく有紀に手を振り返しながら、健司も家路へと向かった。あまりにも自然な会話の流れの中で、健司は一瞬前まで部活に行こうとしていたことなど、すっかり忘れてしまっていたのだった。
それは、有紀が身につけた、誘導の能力のせいだった。四日前に身につけ、それを使いさらなる男の精を集めた末、その能力はさらに効果を増し、今のようにごく自然な会話の中で、周りにも本人にも気づかれぬままに、絶対服従をさせることが出来るようになっているのだった。
だが、今の有紀が身につけているのは、この能力だけではない。誘導の能力を身につけ、毎日のように男を引きつけ精を集め、いよいよ新しい能力が身に付いたと感じた有紀は、その能力を使うべく、健司を誘ったのだった。

私服に着替えた二人が向かったのは、繁華街にあるラブホテルだった。
慣れた様子で部屋に入る有紀の横を、健司は何ら不審に思わずに後を付けていく。
そして、部屋に入りドアを閉めると同時に、有紀は健司の顔を見つめて、こう囁いた。
「服を脱いで、ベッドに仰向けになりなさい」
そう言った有紀と、言われた健司の表情は、さっきまでとはまるっきり異なっていた。鋭く見つめる者と、見つめられ目を背けることが出来ない者――そこには、支配する者とされる者の関係が、はっきりと浮き上がっている。
命じられるままに、健司は服を脱ぎ始めた。恋人を前にして男が一人で服を脱ぐ照れも感じせずに、淡々と服を脱いでいく。そして、脱ぎ終えると同時に、与えられた次の命令をこなすべく、ベッドへと仰向けになる。
健司がベッドに横たわったのを見取ってから、有紀も服を脱ぎ始めた。健司の存在も忘れ、ただ一人で服を脱ぎ、そしてベッドの脇へと歩み寄った。
全裸でベッドに横たわる健司を、有紀は無表情に見つめている。そこには、支配する者とされる者の関係すら無い。あたかも、目の前に横たわる物を値踏みするような視線を浮かべ、健司を見つめ続ける。
「よく聞け。お前は器(うつわ)だ。俺が入り込むための、器だ」
有紀の口から、男の口調による低い声が漏れる。
「器は、何もしなくて良い。何も考えなくて良い」
声を合図に、開いていた健司の目が閉じられる。上を向いていた健司の勃起が収縮する。
「器は、中身を受け入れるためだけに存在するのだ」
念を押すように、有紀は健司に向かって宣言する。
その光景は、生け贄を祭壇に捧げているかのように見えた。
もう一度、健司の全身を見つめてから、有紀は小さく頷き、そして自らもベッドへと上り、健司の太股を跨ぐように膝立ちになってから、小さく前へ進み、健司の股間の上に、自らの股間が位置させた。
有紀の左手が、左右に広げられた両足の付け根へと伸びる。指を触れるまでもなく、有紀の股間はすでに濡れているのを、有紀自身は感じ取っていた。触れる指先は、敏感になった有紀の股間へ新たな刺激を与えるだけだった。
「あはぁっ……」
触れたばかりだと言うのに、有紀は感極まった喘ぎ声を漏らす。それはまるで、目の前に横たわる健司に見せつけるかのようだった。
だが、当の健司は相変わらず目を閉じたままで、有紀の痴態に応じようとはしない。
そして一方の有紀も、無反応な健司に構わず、指で自らの秘所を刺激しては、切ない声を漏らしていく。
有紀の指先には、割れ目からわき出した透明な液がまとわりついていく。指に絡みついた粘液は、だんだんと指の先端へ集まり、粘り気のある雫(しずく)を作る。
その雫が、ぽたり、と健司の縮まったペニスへと落ちる。すると、それまでの有紀の艶姿にには反応をしなかった健司のものが、小さく脈打った。
有紀は、最初の反応に満足げな笑みを浮かべてから、指の動きを続けた。一滴、一滴と指先から女性の雫が落ちる度に、健司のものは反応していき、ついには完全に勃起をするまでに変化した。
「あなたのもの、入れさせてあげるわね」
有紀は空いていた右手で健司の根本を支え、慎重に腰を下ろしていき、すでに濡れている自らの入り口へと、導いていく。
「ん……うふふ……」
体の中心が満たされていく快感を感じながら、なおも有紀は腰を沈めていく。そして、すっかり収まったところで、有紀は腰を浮かべ、今度は入れられた物が中を擦っていく快感を味わい始める。
ペニスを勃起させただけで、腰を動かすことのない健司の上で、有紀は両足と腰を使って、健司と自らへと快感を与えていく。両足だけで体を支えているため、大きな動きは出来ないものの、健司のものを搾り取ろうとする腰の動きは、滑らかであり力強くもあった。
有紀は、両膝に重心を移し前屈みになってから、だらりと伸びている健司の両手を掴み上げた。そして、手首を握りしめてから、健司の手のひらを、自らの乳房へと覆い被せたのだった。
「あぁ……そこ、触って……」
健司の指先を感じて有紀が口にするものの、健司の手のひらは動かない。手首から健司の手の甲へと手を動かした有紀が、健司の手を乳房と手で包むようにしながら、自らの乳房を揉んでいるのだ。健司の指先は、有紀の指先に突き動かされながら、有紀の乳房の上を動いているだけだった。
「ねえ、健司……もっと、触って……」
有紀が健司の名を口にした途端、乳房に伝わってくる感触が変化した。それまでは意識なく貼り付いていた男の指先が、自らの意識を持って、有紀の乳房を触ってきたのだった。
「そうよ……健司、そう。その調子」
初めはわずかだった健司の指の動きは、今は有紀の指先以上に激しく動くようになっていた。そして一方の有紀の指先は、力を失ったかのように、ただ乳房へ添えられるだけになり、ついには健司の腕を伝って、ベッドへと触れた。
いつの間にか、有紀の上体は、健司の腕だけで支えられていた。男の腕は、女の乳房を揉みながら、一方では女の二の腕を掴み、力を失った有紀の腕に代わり、有紀の上体を立たせているのだ。
ふいに、有紀の体が、わずかに後ろへとのけぞろうとした。すると、有紀の下に敷かれていた健司が上体を起こし、倒れそうになる有紀の体を抱きかかえたのだった。
「ああ……健司……」
騎乗位から座位へと変わり、向かい合う形になったままに、有紀は目の前にいる男の名前を口にした。
二人の顔が近づく。頬を染め、快楽の中にいる有紀とは逆に、健司は無表情のままだった。そして、健司の唇が、無表情のままに、有紀の唇へと重なった。
「ん……」
二人の口から、溜息が漏れる。
「はぁ……有紀……」
さっきまで黙っていた健司の口から、有紀の名を呼ぶ声が漏れる。しかし、今度は有紀の口からは返事は聞こえてこない。だが健司は、構わずに有紀に口付けをしては、さっきまでは無表情だった顔に、興奮を浮かべていく。
力を失った有紀の上体に健司の力強い腕が巻き付き、厚い胸板が押し当てられる。健司の手による愛撫と同様に乳房がこね回されるが、有紀の口からは溜息はわずかに漏れるだけ。その一方で自らの胸元へ有紀の乳房を押しつける健司の腕の動きは、ますます強まっていった。
そのままの勢いで、健司は向かい合っていた有紀をベッドへ押し倒し、正常位の形へと移した。仰向けにさらけ出された有紀の乳房へと、健司は腕を伸ばし、両手で二つの乳房をこね回す。
少女の乳房は、男の手に寄って面白いように形を変えていく。まだ未熟で、そう大きくはないものの、男を楽しませるには十分だった。
乳房を揉まれながらも、有紀はさっきまでのような声は上げなかった。揉まれていることに、快感も、痛みも感じないままに、ただ男の欲望を、乳房を通じて受け入れているだけだった。
だが、健司にとってはそんなことは問題ではなかった。乳房を揉む度に興奮が高まるのか、だんだんと息が荒くなる。
「有紀……いいぜ……」
健司の足へと力が入り、だらりと力の抜けた有紀の足を押しのける。腰を押し入れて、有紀の足をM字型にさせてから、力強く腰を突き上げた。
「あはぁ……」
弱々しい、それでいてよく通る声で、有紀が喘ぐ。
最初の時には、健司の体の上で自由に動いていた有紀の腰は、今では健司の腰を動きやすくさせるために、自らの位置をずらすのがやっとなぐらいに、力弱くなっていた。
「有紀……有紀……」
一突きする度に、力の抜けた有紀の全身が、激しく揺れていく。髪の毛が乱れ、肩が揺れ、乳房が震え、腰がねじれ、足がひねられる。まるで、人形を抱いているかのようだったが、猛り狂った健司には、己の力強さを有紀の体を通して知ることができるのが、何よりも興奮させられる。
ふと、健司の股間へまとわりつく有紀の力がゆっくりと抜けて広がっていくのが感じられた。普通だったら物足りなさを感じてしまうところだが、それと同時に健司のペニスが有紀の変化以上に大きく膨らみ、有紀の中を一杯に満たしていくのが感じられた。
「あぁ……有紀」
力強い声を上げながら、健司は一突きする度に己のペニスが有紀の中で膨らみ、固さを増していくのを感じていた。
ペニスに力が満ちていく……健司が初めて経験する快感だった。
有紀の受け口が広がる度に、己のペニスが広がっていき、快感が高まっていく。初めての快感に、健司は身も心もゆだねたい気分だった。
……だが、それは突然、一方的に中断された。
有紀の受け口からは柔らかさが無くなり、ペニスの増大を受け入れなくなっていた。しかし、健司のペニスは大きくなり続けていく。
「あ……あ……」
たまらず声を上げる健司。だが、健司のものを包み込む有紀は無表情のままに、健司を離そうとしない。
「出、出る……」
我慢出来なくなった健司の体から、大量の精液が流れ出した。だが、健司のペニスで一杯になっている有紀の胎内には、健司の精液は一滴も入る余裕はない。勢いを付けたままに行き場所を無くした精液は、その勢いのままに、健司の体へと逆流を始めたのだった。
「うぁ、入ってくる……俺のが……」
だが、それだけではなかった。有紀の膣が健司のペニスを圧迫し、逆流に乗じて、何かを流し込んでくるのだった。逆流した健司の精液と有紀の胎内から流れ込んできたものは、ペニスの根本から体の壁を乗り越えて、全身に流れ込んでくる。ありえるはずのないことだが、精液が血流を通じて全身に散らばっていく。
……犯されている。まさにそんな感じだった。
男の健司であれば、絶対に感じることのない感覚、そして感情。

誰かに、自分の体を勝手に弄くり回されてしまう……
誰かに、自分の体を滅茶苦茶にされてしまう……
誰かに、自分の体をレイプされてしまう……
誰かに、自分の体を犯されてしまう……

そして、健司の意識は、
消えた。

健司が叫び声を上げたのを最後に体の動きが止んでからしばらくして、健司の体はゆっくりと動き始めた。有紀にもたれ込んでいた体を起こし、腰に力を入れて有紀に挿入していたものを引き抜くと、有紀の粘液にまみれたペニスが姿を現した。それはセックスの後だというのに逞しく上を向き隆起し、これまでの健司のペニスとは比べ物にならないぐらいの固さと大きさを示していた。
まだ表情すら失ったままに有紀を見下ろしながら、健司の体はベッドの上に仁王立ちになった。そして、辺りを見回して、壁にあった鏡に映る自分を見つめた。
「やはり、男の体の方が、しっくりと来るな」
有紀に潜んでいたものの属性は、男性であった。健司に潜む者は、ようやくその属性に見合う体を手に入れて、その居心地の良さに満足していた。
戦闘的な表情、体中からみなぎる力、そして股間に隆起する男のもの。股間に集中する力、そして欲望を、健司に潜む者は、満足げな表情で見つめていた。
「せっかく男の体になったのだ。まずは楽しむとするか。
とりあえずは、この女を使って、な」
未だに表情を失ったままに倒れる有紀へと、健司に潜む者はゆっくりと手を伸ばしていったのだった。

第四章<完>

第五章「支配」へ
メインページへ戻る
この作品は、
「月華の本棚」http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/8113/main.html
に掲載されたものです。