『萌エ萌エ戦士っエトランジェ』
第一話:萌エ萌エ戦士っエトランジェ参上っ!
作:月下粋沐(げっか すいもく)
赤井は、大声で歌いながら道を歩いていた。
別に理由はない。ただ単に歌いたかったからだけである。
そんな自分の美声に酔っている赤井だから、突然後ろから車がやってきても、気づくなんてことはなかった。
「あの人で間違いないようね……赤井伸吾17歳、職業高校生……
理想の人物像は熱血ヒーロー」
赤井の後ろで止まった車の中で、まるで人物設定を説明するかのようにそうつぶやくのは、白衣に身を包み、それとコントラストを為すような長い黒髪を持った一人の女性だった。
「永松先生……本当に大丈夫なんでしょうね。この前みたいに、人違いだったなんてことないでしょうね」
彼女の横で、そうつぶやくのは、どちらかと言えば気の弱そうな顔をした、高校生ぐらいの青年だった。
「拓也君、こういう言葉を知らないの?
三度目の正直っ!」
びしっ、と拓也を指さしてそう言う彼女だったが、
「この前の人違いで、間違えたのは五回目です」
「…………
……さ、早く捕まえて、縛って動けなくするのよ」
「……わかりましたよ……やればいいんでしょ」
話をごまかされたな、と思うものの、それに対して文句を言うほどの度胸はない拓也であった。
しかたなしに、ロープ片手に車を出た拓也は、赤井をあっさりとぐるぐる巻きにしたのだった。
本人はあまりやる気はなかったものの、それにしてはあっさりとぐるぐる巻きにするのに成功したのは、赤井本人が反抗しなかったからだ。
どうやら、歌に夢中になっていて、気づかなかったようである。
「いいんですかねえ。こんなことして」
「ためらっちゃ駄目よっ。これも世のため人のためよ!」
「先生が、自分のためじゃなくて、世のため人のためなんて言って行動するって珍しいですね」
「ふっ。いつかは、この世もそこにいる人も、わたしのものになるんだから、それも当然じゃなくってっ!」
「まだ言ってるんですか。世界征服の話……」
そんな訳の分からない会話をしている二人によって、赤井はライトバンに連れ込まれてしまった。
これにはさすがの赤井は、ちょっと変だなあ、と思い始めた。
「ふっ。どうやら誘拐も見事に成功したみたいね」
ライトバンのハンドルを握りながら、永松先生はそうつぶやいた。
ここで赤井は、自分が誘拐されていることに気づいた。
しかし彼は、誘拐されたということを、あんまり気にしていなかった。何故なら彼は、細かいことにはあんまりこだわらない、熱血漢な性格だったからだ。
その間にも、赤井を乗せたライトバンは走り続ける。
赤井は、ライトバンの後ろの席に横たわったままも、無言のままでいた。
まるで、何かに耐えているかのように……
その赤井の深刻な顔を、ミラー越しに見た永松先生は、それが意味することに気づいて驚愕した。
「ま、まさか……この人は」
切れ長の彼女の瞳が、大きく見開く。
「どうしたって言うんですか? また人違いだって言うんじゃないでしょうね」
誘拐した赤井を見張れという命令を実行していた拓也は、その深刻な表情に思わず聞き返した。
しかしその驚愕の理由を口にしたのは、ぐるぐる巻きにされていた赤井自身だった。
「……は、吐きそう」
「きゃー、拓也君っ。エチケット袋、早く出してよっ」
「そんなもの、誘拐に持ってく人なんていませんよっ」
――ここで説明しよう! エチケット袋とは、ビニール袋に紙袋をかぶせたもので、遠足などで車酔いした時にはそこに吐くように、と遠足のしおりに書かれるもののことである。なお、俗語としては、ゲロ袋とも言われる。
「ないって言うの」
そう聞いてから、永松先生は後ろを振り返って、
「ちょっと、あなた。もう少しだから、我慢するのよ」
ぐるぐる巻きにしたのが自分だと言うことを忘れて、そう励ます彼女だった。
「まったく、どうして誘拐する時に、酔い止めの薬飲ませなかったのよ」
「ンな無茶な……」
「だいたい、この車はレンタルなのよ。汚されたら弁償しなくちゃいけないじゃないのっ」
「そういう問題じゃないと思うんですけど……」
そんなこんなで、いろんな意味で修羅場と化したまま、赤井らを乗せたライトバンは、都内某所へと向かっていたのだった。
「ふう、ようやく到着したわね」
無事に、生徒のいなくなった放課後の学校に到着した永松先生は、レンタカー会社に追加料金を払わなくて済んだ安堵感を顔に浮かべながら、相変わらずシートの上にぐるぐる巻きにされている赤井の姿を確認した。
「拓也君、彼の縄をほどいて、車から降ろしてあげて」
「は、はい」
言われて慌てて、拓也はその紐をほどいて、赤井を車の外に出した。
さっきまで車酔いで苦しんでいたものの、そこは持ち前の熱血によって、車を出るなり、しゃきっと立ち上がり、
「あ、あんたたちは誰なんだ……
一体俺に何の恨みがあるって言うんだっ」
そう言って、ファイティングポーズを取る赤井。
身長こそ中位と言ったところだが、その全身から出る熱血漢ぶりは、その体を一回り大きく見せていた。わかりやすく言えば、シークレットシューズの代わりになるぐらいの熱血ぶりだった。
「ふっ、用があるから連れてきたんじゃないの」
「なーんだ。それだったら先に言ってくれればよかったのに。わっはっは」
永松先生の、『用があったから』の一言に、赤井はすっかり納得して、そのファイティングポーズを解いた。
あんまり普通の人は納得しないんじゃないかと思うのだが、熱血漢の赤井にとっては、それで十分だった。
「さて、どうやらお膳立ては済んだことだし……
そういえば、自己紹介がまだだったわね。わたしは、永松啓子、永松博士って呼んでね(はあと)」
そう言ってから、永松博士は、自分の趣味やら生い立ちを、三十分に渡って説明したのだった。
「……ということよ。まあ、詳しい話は、この『永松啓子自伝第一巻』を読んでね。
それで、わたしの隣にいるのは……」
そうつぶやいてから、永松先生は拓也の方を振り向いて、
「拓也君、よく考えたら、あなたの出番ってもうないから、これで帰っていいわよ」
「え、そうなんですか?」
突然のリストラ通知に、拓也は呆気にとられてしまった。
「そうよ。だいたい、今までだって、あなたは単なる労働力として登場していただけなんだから、名前が出ただけでもありがたいと思いなさい」
「……は、はい」
これ以上言っても、どうにもならないということを知っている拓也は、あっさりと先生の言葉を受け入れた。
たくやは、さみしそうにさっていった。
「で、俺に用事とはどういうことだ」
赤井は、太い腕を組みながら、白い歯を見せつけるように、大口を開けてそう尋ねた。
「ふっ、あなたぐらいの歳の人が誘拐されるとしたら、改造人間にされるに決まっているじゃないの」
「か、改造人間だってっ!」
突然の単語に、驚愕する赤井。さすがの赤井でも、いきなりそんなこと言われたら驚くようである。
「でも、今は手元に、保険証を持っていないし」
すでに改造人間の手術を受けるつもりになっていた赤井だった。
「大丈夫よ。これって保健適用外のことだから。
それに、改造人間って言っても、正確にはその潜在能力を引き出そうって言うんだけれどね。
ちょっと雰囲気盛り上げた方がいいかなあ、って思って改造って言葉使ってみただけよ」
「ちっ、残念だ」
「ま、そういうことだから、まずはあなたを正義のヒーローにするために、正義の心に洗脳する作業からしましょうね」
そう言って永松先生が取り出したのはどこかで見たことのあるようなヘッドギア。
洗脳されて作られる正義というのはかなり怖い気もするが、当人はそういう細かいことにはこだわっていないようである。
「正義の心に洗脳だとっ。そんなのは、元々正義の心で満ちあふれている俺には無用の長物だぜっ。
何、俺がどんなに正義かだって。ほれ、見てみろ。腕のところになんか、『正義上等』って入れ墨掘ってあるぐらいだぜっ」
聞かれもしないのに赤井は、正義なんだか、正義じゃないんだか、わからないような自慢をした。
「そ、そうなの。
それじゃあ、わたしが試作した、洗脳マッシーンは今回はお蔵入りね」
そう言って先生は、寂しそうに洗脳マッシーンとやらを、隣にある土蔵へとしまった。
「なぜ寂しがる……いや、それ以上に何故こんなところにいつのまに土蔵が」
いつの間にか現れた、学校の建物には不釣り合いな土蔵を見ながら、赤井はそうつぶやいた。
「そういうことだから、それじゃいよいよあなたの潜在能力を引き出させてもらうわよ」
その言葉と同時に取り出したのは、さっきとは色違いのヘッドギア。
「おおっ、そうか……
ってちょっと待ってくれよ。そもそもどうして、俺の潜在能力なんてのを引き出そうとするんだ?」
そういうことは、最初に気にするべきだと思うのだが、何せ赤井はこういう奴だし、相手の永松先生もあんな人だし、さらには作者も何な人なので、そういうことは無視して話は進み、ふと思い出したように設定に関する話が出てくるのだった。
「ふっ。そんなの簡単よ。
あなたの持つ能力で、悪の組織と戦ってもらうつもりだからよっ」
「よし、それじゃあ、さっそく行ってくるぜっ」
「うんっ、がんばってね」
そう言うと同時にどこかへ走っていく赤井を、永松博士は笑顔で見送ったのだった。
やがて赤井が戻ってきて、
「言ってきたぜっ」
「うん、ご苦労様……
って、落語に出てくる、慌て者の小咄をやっている場合じゃないわっ」
と、ノリツッコミめいたツッコミを入れる永松博士。
方や熱血、方や自己中心的ということで、本来二人ともボケ役なのだが、比較すると、どうやら永松博士の方がツッコミ役になるらしい。
――ここで説明しよう! 慌て者の小咄というのは、慌て者の番頭と小僧がいて、『定吉、使いに行ってきてくれねえか』『わかりました。それじゃあ、さっそく行ってきます』と言うなりどこかに走って行って『行ってきました』『よし、ごくろう』と報告して終わり、というものである。
「あなたが戦う悪の組織ってのは、
超党派国会議員によって組織された、『日本に父権社会を復活させる会』(この作品に存在する個人及び団体名はフィクションです)よっ」
「おおっ。超党派国会議員とは……
いかにも、悪の組織がからんでいそうな響きだぜっ」
「そうよ。何となく悪っぽいでしょ。
それに、こういう、安っぽい社会風刺を入れた方が、読者もなんとなく社会的だなってことで、なあなあに付いてきてくれるのよっ」
「で、そいつらに何をすればいいんだ?」
「簡単よ。そんな父性社会なんてものは、想像上のものに過ぎないって思わせればいいのよっ。
そこでっ、あなたの潜在能力の出番になるのよっ」
言葉と同時に、タイミングを待っていたかのように、永松博士は、赤井の顔をびしっ、と指さした。
「そうなのかっ。
で、俺の潜在能力というのはどういうものなのだ?」
「ふっ、ようやく話が本題に入ったようね」
永松先生は、長い黒髪をふぁさぁっ、とかき上げてから、
「それは、変身能力よ」
「変身能力……それはいかにもヒーローものらしいぜっ」
手をぐっと握って、その言葉の響きに心震わせる赤井であった。
「わたしが保健の先生をしている合間に、長年の研究といろいろな偶然と作者の都合の末に発見した、男性を女性に変化させる力、萌力エナジー。
略して萌エ萌エ」
「……な、なぜ『萌エ』を繰り返す……」
「あなたは、これで女の子に変身して、敵を倒すのよ」
「そうか、女の子に変身して、敵を倒すのか。
って、ちょっと待ってくれよ。どうして俺が女の子にならなきゃならないんだ?」
「大丈夫よ。すぐに癖になる……じゃなかった、慣れるから」
「いや、そうじゃなくて、わざわざ女の子に変身してメリットがあるのかって言ってるんだ」
「そんなこともわからないの。
いいこと。よくヒーローものへのツッコミに、『どうして敵は、ヒーローが変身する隙をついて倒さないのか』というやつがあるわよね」
「うむ、確かにあるな」
「それがどう? もしも目の前で、ヒーローが女の子に変身したら、思わず見とれちゃって、敵が攻撃しようなんて思わないでしょ。
そうすれば、そういうツッコミを回避できるのよ」
「おおっ、それはこれまでのヒーローにない、画期的なものだな」
「そうよ。ここまでにたどり着くまでにはいろいろな試行錯誤があったわ。変身している間に、隣に海老市染之助染太郎を呼んで、敵の注意を引きつけておけば、なんて考えたのも、今となっては懐かしい思い出だわ」
むしろ恥ずかしい思い出だと思うのだが、そんなことは気にせずに、永松博士は過去を回想するかのような顔でそうつぶやいた。
「確かにそれはすごい……
しかし、他に能力はないのか? 目からビームが出るとか、口から炎が出て、それを見た通行人が面白がって小銭を投げ入れてくれるとか……」
「そんなものはないわっ」
赤井の言葉に、両手を腰に当て、胸を張って答える永松先生だった。
「それでどうしろと言うのだ……」
「どうしようも何も。しかたがないじゃないの。とにかく、変身ヒーローになるための能力を調べていたら、萌力エナジー略して萌エ萌エを見つけたんだから。とりあえず変身するのが見られればわたしは満足よ。
まあ、本当はわたし自身が変身してみたいんだけれど、この萌力エナジー略して萌エ萌エは、ごく一部の人間にしかないみたいだし。
ってことで、はいこれ」
そう言って永松先生は、さっきのヘッドギアを赤井の頭にかぶせた。
すると、しょわしょわ、という感じの光が、赤井の体を包み込んだ。
「こ、これは?」
光につつまれているため、その表情は見えないものの、その言葉はどこか心配そうだった。
「そうよ。今のであなたが潜在的に持っている、萌力エナジー略して萌エ萌エが目覚めたのよ」
「そ、そうなのか」
光が止むと同時に、不思議そうな声で自分の体を見つめる赤井だが、その体には何の変化もなかった。
「さあ、一見すると何の変化も起こっていないみたいだけれど、あなたの潜在能力は開発されたわっ。
試しにさっそく変身してみなさい」
『そんなことはさせんぞっ!』
突然響いた声の方を二人が振り返ると、そこに立っていたのは、いかにも超党派国会議員風のコスチュームをした一人のおっさんと、いかにもその支持者というような全身黒タイツに身を包んだ、ザコキャラ数十人だった。
「何者だっ?」
叫ぶ赤井。しかし、こういう場面で出てくるというのは、まず間違いなく敵だろう。
「初めまして。わたしは日本に父権社会を復活させる会会員の山村雨と申します」
国会議員だけあって、結構腰の低い敵だった。
そしてその手前では、ザコキャラが「きー、きー」と言う叫び声を上げながら、少ない人数を多く見せようと左右に走り回っている。
「ふっ、どうやらみつかっちゃったみたいね。
しかしこんなこともあろうかと、撮影に便利なように、学校の校庭へとその場を移してあったのよっ。
さ、これもお約束の展開。レッド、早く変身してあいつらを倒すのよ」
レッドと言う呼び声と共に、赤井の顔を見る永松博士。どうやら、赤井の愛称はレッドに決まったようである。
「よし、いくぜっ。
変身っ」
叫び声と同時に、赤井は腕を前に組む。すると、ピンクに輝くリボン状の光が、赤井の全身を包み込んだっ!
まるで床屋の三色ポールみたいに、赤井の回りをぐるぐると取り巻いて、そしてその光が止んだ瞬間、
「萌エ萌エ戦士、エトランジェっ! 参上」
さっきまで赤井が立っていた場所に立ち、そう叫んだのは、赤い襟がワンポイントのウェイトレスのような服と、赤いスカートに身を包んだ、一人の少女だった。
そう、彼女こそが、赤井が萌力エナジー略して萌エ萌エによって変身した赤井伸吾の真の姿なのだったっ!
――ここで説明しよう! 今赤井が言った、エトランジェというのは、赤井が子供のころに考えた魔女っ娘もののキャラで、いわゆるマイキャラというやつである。
さすがに、それを主人公とした、半年放送分26話のストーリーを考えるというところまではいかなかったようだが、この歳になっても、赤井は結構気に入っていて、たまに夢にみたりしているのだった。
「おおっ、見事に変身できたじゃねえかっ。
よし、こうなったらこの俺が、最終回の第20話まで考えた主人公の力を見せてやるぜ」
きりがいいからと言うことで、20で区切ってしまうところが、いかにも小学生らしい浅知恵である。
そんなレッドであるが、その変身の瞬間、誰一人攻撃してくるものはいなかった。ザコキャラは、と見てみると、
「きー」(今の見たかよ。すげーぜ、あいついきなり女の子に変身したぜ)
「きー」(ああ、見た見た。変身するのを黙ってみているって言うマンネリもこれで解消だよな)
「きー」(いいよなあ。ああいうのって。なんか、ぐっと来るものがあるよな)
「きー」(えっ、今そんなことがあったの? 俺、いつものことだと思ってさ、晩飯何にしようか考えちゃってたよ)
「きー」(俺、撮影が終わったらサインもらいに行っちゃお)
「きー」(エキストラがもらえるサインは、一人二枚までだからな)
「きー」(わかってるよ。ったくうるせえなあ)
などと、短い台詞で効率的な会話をしていたのだった。
なお、ザコキャラ語の翻訳は、作者がフィーリングを用いて、多分そんなこと言ってるんじゃないかなあ、と思って行ったものなので、事実と異なる場合があります。
「さあ、レッドっ。
敵のザコキャラは、驚いたり、変身シーンが見られなかったのを残念がったり、サインをもらおうとして、油断しているわよっ。今のうちに、倒すのよっ」
……どうやら、正しい翻訳だったらしい。
「しかし博士、どうやって敵を倒せばいいんだっ!?」
「心配することはない。あなたには、萌力エナジー略して萌エ萌エがあるじゃないっ」
「そんな役に立たない能力をどうしろって言うんだっ」
「役に立たないですって。そんなことないわ。ディスプレイの前にいる読者のみなさんは、そんな能力欲しいって、四六時中思っているはずよっ」
「確かにそれはそうだろが……でも、攻撃力がないことには……
! そうか、博士、わかったぜ」
何を思いついたのか、赤井は一人でザコキャラがいる方へと走っていったのだった。
「萌エ萌エフラッシュ」
その言葉と同時に、目の前にいる敵へと向けられた、赤井が右手の手のひらから、萌力エナジー略して萌エ萌エが発動された。
――ここで説明しよう!
萌力エナジー略して萌エ萌エを放出するには、別にポーズもかけ声も何も必要なく、その素質を持つ人がそう念じればいいだけのことなのである。
しかし、それだとつまらないから、こうやってポーズを付けているのだった。
ちなみに、この『萌エ萌エ戦士っエトランジェ』では、主人公が取る決め台詞、及びポーズを大募集中。君の考えたポーズが採用されるかもよっ。
目の前にいたザコキャラめがけて赤井の手のひらから放出された、萌力エナジー略して萌エ萌エが、そのザコキャラをピンクの光で包み込んだ。
そして、止んだ光から出てきたのは……
一人の少女だった。
しかも、その姿は、さっきまで全身黒タイツだったのが、セーラー服に変わっているのである。それも制服AVものでたまにある、いかにも買ってきたばかりのおろし立てというのがわかって興ざめしてしまうというようなものではなく、着慣れて体になじんで、その体のラインがちゃんとわかるぐらいの、かなりリアルなものだった。
「こ、これがボク……」
そうつぶやいて、立ちつくすザコキャラその一。
いや、立ちつくしただけではない。同時に、胸とか髪の毛とかを呆然とした顔つきで触ってきるのである。
かくして、ザコキャラその一は、戦闘不能に陥ったのだった。
なお、さっきまで、「きー」としか言っていなかったザコキャラが、突然言葉をしゃべり、しかも「ボク」とまで言うのを気にしてはならない。
そんな赤井の活躍を、じっと見守る永松博士。
「うーん、確かに女の子に変身させると同時に、その服装も女の子のものになるってのは、全身黒タイツのままよりもはるかにいいけれど、ビジュアル的にはまだ弱いわね。これで体は女の子だけれど、着ている服は男の子のもの、ってすれば、もっといけるわっ」
何がどういけるのかは知らないが、そう言って改良すべき点をメモする永松博士。
……見守っているだけで、あんまり大したことは考えていないようである。
そうしているうちにも、赤井の攻撃は続く。
叫び声と共に発動される、萌力エナジー略して萌エ萌エは、赤井の目の前にいるザコキャラを女の子へと換え続けていったのだった。
しばらく走ったところで、赤井が後ろを振り返ると、「うわっ、柔らかい」とか「こ、この感触は」とか「ないっ、ないっ」とか「女の子の手って……ちっちゃいんだ」とか「か、かわいい」とか「え、何……これ」とか「スカートってスースーして頼りないな」とか「髪の毛が、さらさらしてる」とか「鏡、鏡はどこ」などと、自分の体を触っては、口々につぶやいている、女の子の集団があった。
それはもう、『試験に出るTSF用語集』(青春出版社刊)と言ったところだった。
しかもその格好も、セーラー服だけでなく、ナース姿、スチュワーデス、スクール水着、バニー姿と色とりどり。これがイメクラだったら、オプション料金だけでいくらになるかと思わず財布を見てしまうほどに、色とりどりだった。
中には、手を下着の下に入れるなり、よほど取り乱したのか、
「あ、おまん○だっ」
などと、思いっきり叫んでしまい、偉いさんから怒られたなんてザコキャラもいたりする。
「さあ、ザコキャラは全て戦闘不能になった。
これでもう、俺に刃向かおうとするのは、お前一人になったようだな」
超党派国会議員に向かって、そう叫ぶ赤井。
その言葉通り、ザコキャラは全員女の子になっていて、めでたく戦闘不能に陥っていたのだった。
そんな赤井をじっと見つめる永松博士。
「うーん、いくら女の格好で男のしゃべり方が萌えるって言っても、俺ってのは駄目ね。せめて『ボクは許さないぞ』ぐらいにした方がいいみたいね」
そう言って相変わらずメモを取っていたのだった。
「いくぜっ。萌エ萌エサンーダーアターックっ」
相変わらずフィーリングで、その萌力エナジー略して萌エ萌エを発動させる赤井。
しかし今回は、ザコキャラと違って、敵のボスということで、やたら気合いが入っていた。
その背後に現れるのは、透過光ばりばりのエフェクト。
それはもう、その透過光のショックだけで、小学生レベルの敵ならば倒せてしまえるのではないかというほどだった。
映像としてお見せできないのが残念です。
「させるかっ」
叫ぶと同時に、超党派国会議員の山村雨は、超党派国会議員エナジーを発動した。一条の光に姿を変えて、赤井へと向かっていく攻撃エネルギー。
しかしっ、その攻撃も、赤井の萌力エナジー略して萌エ萌エが作り出す呪力結界の前に、あっさりとはじかれたっ。
そしてその流れ弾が、永松博士にぶつかるのだが、そんなことは、赤井も敵も、読者も作者も知ったことじゃない。
何事もなかったかのように、赤井の萌力エナジー略して萌エ萌エが発動され、さっきと同じように、超党派国会議員の山村雨の全身を、ピンクのリボン状の光が包み込んだ。
「こ……これはっ」
ピンクのリボンが消えた後に、さっきまで国会議員がいたはずの場所に立っていたのは……一人の少女だった。しかもブルマー姿の。それも制服AVもので(以下略)。
ちなみに、この萌力エナジー略して萌エ萌エは、男を女に変身させる能力なのだから、60歳を過ぎたようなむさい国会議員のおっさん相手では、むさいおばはんに変身してしまうのでは、と思う人がいるかもしれないが……
そんな細かいことを気にするような奴に、この小説を読む資格はないっ!
今すぐこれを読むのを止めて、荷物まとめて実家に帰れっ!
もう、お前の顔なんか、二度と見たくもないっ!
お前の母ちゃん、本当は男っ!
……などと作者が逆ギレしているうちにも、話は進んでいた。
「どうだっ。そんな姿になっても、この俺に刃向かおうと言うのかい?」
腕を組んで、平然と尋ねる赤井。
「た、確かにこんな格好では……
『日本に父性社会の復活を』とテレビとかで言っても、有権者に対して、あんまり説得力がないなっ」
「ふっ、そうだろうそうだろう。それが俺の狙いだぜっ」
そういえば、そんな設定あったなあ、と思いながらも、あたかもそれが狙いだったかのように、赤井はそう言って得意げに頷いた。
「くそっ。今回は君の、ナウなヤングパワーに負けてしまったようだが……
この次は、数の力で押し切ってやるからなっ」
そう言うなり、超党派国会議員の山村雨は、どこかへ走っていった。
おそらくは、個室で鏡があるような場所を探しに行ったのだろう。
ただ、個室で鏡があるような場所で何をするかは作者自身でも定かではない。
「ふっ、戦いは虚しさしか生まねえな……」
撮影スタッフによる撤収作業も終わって、誰もいなくなった学校の校庭を見ながら、一人佇む赤井に、永松博士が声をかけてきた。
「よくやったわね」
ちなみにその格好は、さっきの流れ弾のせいか、両腕に包帯を巻いていたりする。
「どうやら勝ったみたいね」
「ああ、正義のヒーローは、負けないことに相場が決まっているからな」
腕を組んで、白い歯を見せるように笑う赤井。
「女の子がそんなポーズをしちゃ駄目よ。
まだまだ萌力エナジー略して萌エ萌エの改良が必要ね」
そう言って、両手が使えずにICレコーダーでメモを取る永松博士だった。
「ところで博士、ああいった敵はこれからも来るんですか?」
「さあ。この話がこれから続くかどうかは、このわたしにも、全知全能の神にも、作者にもわからないわ。
多分、作者がネタが思いつけば続くんでしょうね」
「なーんだ。そうか。はっはっは」
わかったような分からないような赤井の笑い声が、夕闇の校庭に響き渡ったのだった。
……と、ここまでが、どこぞに掲載した、一般向けバージョンである。
ちなみに言うと、最後の箇所は、一番最初に書いたものに手を加えてから掲載したものであって、では一番最初にどんなことを書いたのかと言うと……
「でも、確実に言えることはただ一つっ。
これの18禁バージョンが、どこぞのサイトに、そのうち掲載されるってことよっ」
「なーんだ。そうか。はっはっは」
わかったような分からないような赤井の笑い声が、夕闇の校舎に響き渡ったのだった。
……と、言うことで、ここからはお待ちかねの、18禁バージョンを書かせていただく。
「……ところで、俺の体、いつになったら元に戻るんだ?」
相変わらず、どこかのウェイトレスのような格好をしている赤井はそう尋ねた。
「さあ……」
「さあ、って。わかっていないのか?」
「これまでの実験結果からすると、萌力エナジー略して萌エ萌エで女の子になった相手ってのは、30分ぐらいでその力が切れて元に戻るんだけれど、その能力を持つ本人だと、どれぐらい続くわからないのよね。
普通に考えてみても、能力を持つ本人ってことで結構長く続くんだろうけれど……
下手したら一生とか」
「ってことは、俺はずっとこのままなのかっ!?」
「大丈夫よ、すぐに癖になる……じゃなかったすぐに慣れる……ってのは、さっきも言ったわね」
「い、一生このままって言ったら……
それじゃあ変身ヒーローじゃなくて、ただのヒーローじゃないか」
戻れないということよりも、『変身』ヒーローでないことを心配する赤井であった。
「ま、いいじゃない。しばらくはそのままでも。
これから当分の間は、ヒーローとして、超党派国会議員によって組織された『日本に父権社会を復活させる会』と戦うことになるんだから。
その間は、この学校の使われなくなった体育館の地下にわたしが作った秘密基地で寝泊まりしなさいよ」
「だ、大丈夫なのか? 学校にそんなもの作って」
「大丈夫よ。今は夏休みで、学生の数も少ないから」
「でも、夏休みが終わったら……」
「はっ、言われてみれば、夏休みって、そのうちに終わっちゃうのよね」
小学生のような発言をする永松博士であった。
「まあ、そういうことは、夏休みが終わり間近になったら考えるということで。
それに、あなたも高校生なんだから、今は夏休みなんでしょ。
もっとも、高校生にしては、元のあなたの顔って、ちょっと歳食っていたような気もするけれど」
「特撮もののヒーローが設定年齢よりも老けて見えるってのは、しかたがないことだぜ」
「確かにそうね。それに、今は女の子なんだから、そういうことも関係ないし。
それじゃあ、しばらくはわたしの秘密基地で寝泊まりすることで決定ね。
あ、そうそう。あなたの家族には、学校の自由研究でしばらく世界平和のために戦わせるから、って言っておいたわ」
「ちょっと待ってくれよ。結局俺は、その秘密基地に行くのか?」
「そうよ。ヒーローと言えば秘密基地に決まっているじゃないの。
……それに、わたしの目の届くところにいないと、思わぬ副作用がここぞとばかりに起こった時に、対処しようがないじゃないの」
「な、何故、そこを強調する」
「強調しているんじゃないわ。ただ、わたしは、予想もしていなかった副作用が、予想通り起こるんじゃないかと心配しているだけよ」
「……俺も、なんとなく想像は付くが……
それじゃあ、しかたがないから秘密基地とやらに行くとするか」
「はーい、お一人様ご案内、と」
いつの間に着替えたのか、旅館永松屋という屋号の入った呼び込み服を着た永松博士が、赤井の背中を押して、その秘密基地やらへと連れて行ったのだった。
「ここがあなたの部屋よ。広さは六畳ぐらいだけれど、あなた一人だったら十分でしょ」
廊下の壁にある、飾りっ気のないドアを開けるなり、永松博士はそう言った。
六畳と言われたものの、それにしては広く見えるのは、部屋に置かれているものが、ごくわずかだからなのだろう。
置かれているものと言えば、せいぜいベッドぐらい。机やイスすらも置かれていない。
「……見事なまでに殺風景な部屋だな……」
そうつぶやく赤井に向かって永松博士は、
「しかたがないじゃないの。ヒーローの部屋に関する資料が手に入らなかったんだから」
「そういえば、戦隊もののヒーローが普段どんな部屋に住んでいるかなんて、あんまり見たことないな……」
「でしょ。だからこれもヒーローの定めだと思って諦めなさい」
「これもヒーローの定め、か。いい響きだな」
言葉の響きであっさりと納得してしまう赤井であった。
「それじゃあ、わたしはそろそろ研究室に戻るから。
くれぐれも、副作用には注意するのよ。意識が遠くなったになったりとか、全身がぼうっとするかもしれないから」
「あ、ああ。せいぜい気を付けるぜ」
赤井の返事を聞き終わらないうちに、永松博士は部屋を出ていった。
その足音がだんだんと遠くなり、バタン、とドアを閉める音が、赤井のいる部屋にまで届いたのだった。
部屋に一人きりになった赤井は、ベッドへと腰を下ろした。
「あっ」
いきなり目の前に現れた一人の少女を見て、思わず赤井は声をあげた。
しばらくの静寂。目の前にいる一人の少女は、赤井と同様に、じっと目の前にいる相手を見つめたままでベッドの上に座っていた。
それも当然、赤井の目の前にあるのは、大きな鏡だった。さっきは気づかなかったのだが、目の前の壁には、殺風景な部屋には不釣り合いなぐらいに大きな鏡だった。
「お、俺……なんだよな」
赤井がそう口を開くと同時に、鏡の中にいる少女の口も動く。そして、それと同時に、赤井の耳元へ『俺』という、少女の声には不似合いな響きを持った言葉が届く。
その言葉を耳にした赤井は、ごくりとつばを飲んでから、固く口を閉じた。
このまま自分の口調で言葉を出すことは、目の前にいる少女に、無理矢理男言葉を使わせているような気になりそうだったからだ。
しばらく続く静寂……
目に入ってくるのは、固く口を閉じて、こちらを見つめる、鏡の中の少女の姿だけだった。
耳に届くのは、少女のものにしてはやけに大きく聞こえる鼻息だけだった。
赤井は、自分の呼吸がだんだんと荒くなっていくのを感じた。
そして、それにあわせるように、呼吸するたびに肩が動く、鏡の中の少女。
そして、それにあわせるように、呼吸するたびに大きくなる少女の呼吸音。
赤井は、改めて鏡の中の少女を見つめてみた。
丸顔にぱっちりと開いた瞳。
軽くウェーブのかかった、耳元にかかる程度の髪。
きりりと引き締まった唇。
小柄な体とは不釣り合いな、服の上からでも分かる大きな胸。
それはまさに、赤井の理想の女性像だった。
そんな理想の女性の姿を鏡に見ながら、赤井は、指先すら動かさないでいた。いや、動かせないでいた。
それは赤井が、熱血バンカラによくある、女の子と手なんか握ったこと無いというタイプだったからだ。
これで体を動かすということは、鏡の中にいる少女の意志に反して、その体を弄んでいるかのように思えてしまうのである。
しかしそれと同時に、女の子というものにすれた感情を持っていない赤井は、他の同世代なんかよりも、よほど女の子の体への好奇心は強かった。
目の前にいる女の子が、赤の他人であるとしたら、赤井はこうやって見つめられているだけで満足だったろう。
ところが、その体は、赤井のものなのである。なまじその体を自由にできると思うと、返って何もできない赤井だった。
そんな風に赤井が、鏡の前に座って何も出来ないでいると……
ドクンッ!
体の中に、何かが流れ込んでくるような感覚が赤井を襲った。
(こ、これは!?……って声が出ない?)
突然の感覚に対して、驚きの声が出るかと思ったのだが、意識ばかりが動いて、口や肺がそれについて来ないのである。
鏡を見ると、相変わらずこちらを見つめたまま座っている彼女が居るのだが、その様子はどことなくこわばっているかのように見える。
(ど、どうして声が出ないんだ?)
そう思って鏡をもっとみようと、体を前に動かそうとするのだが、その体も意識の言うことを聞こうとしない。
(体も……声だけじゃないのかっ?)
せめて指先だけでも、と動かそうとするのだが、体のどこも動こうとしない。
しかし、だからと言って、体の感覚がなくなったというのではなく、その感覚は相変わらず残っていた。
まるで全身を見えない糸で縛られているかのように、赤井は動けずにいたのだった。
(これって、噂に聞く金縛りって言うやつか?)
なったことはないが、そう考える赤井。
しかし次の瞬間、それは金縛りでないことがわかった。
ベッドに当てていた両手が、その手のひらをベッドから離して、赤井の体の正面へと動いたからである。
ただしそれは、自分の意志とは関係なく動いているのだった。
(ど、どうして?)
鏡の中では、少女の指先が、その顔へとゆっくりと動いていた。そしてその指先は、赤井の視界に入ってからもさらに動く。
そして、指先に伝わってくる、ぷにゅ、とした感触。そして頬へ伝わる指先の感触。
間違いなく、自分の指先が自分の頬を触っているのだった。
(なんで、勝手に指が動くんだ?)
指先だけを頬に触れていた手は、さらに動いていき、その手のひらで頬をマッサージするように動き始めた。
鏡の中で、少女が手のひらを動かすと同時に、頬が撫でられる感触が赤井へと伝わってくる。同時に、その手のひらから伝わってくるのは、男の肌とはまるっきり違う、ぷにぷにとした少女の肌触りだった。
自分の意志に反して動く指先に驚き続ける赤井であったが、鏡に映る少女の顔には、驚きの様子は少しも見えない。それどころか、その動きに満足すらしているようだった。
その自分の心持ちとはまるっきり違った少女の顔を見ているうちに、赤井は自分の心が女の子の体の中に閉じこめられてしまったような感じになった。
表情すら上げることもできず、ただただ、その指先の動きを見つめ、そしてその伝わってくる感触に戸惑い続けていた。
そんな戸惑いを与える指先の動きが、不意に止まった。
そして、ゆっくりと下へと降りていく。その動きはまるで、葉っぱに溜まった雨粒が落ちるかのように自然な流れだった。
ちょうど落ちた雨粒が、その下の葉に溜まるように……その指先は、赤井の胸へと留まったのだった。
(あっ!?)
指先が触れると同時に起こった感触に、赤井は戸惑った。さっき、指先が頬に触れた時には、指先からの感触が主で、頬からの感触はそのついでにすぎないように思えたのだが、今回はそれが逆だった。
胸から届いた、これまでに味わったことのないような感触に比べれば、指先から伝わってくる、布地の感触など、何も伝わってこないのと同様だった。
胸から伝わってくる未知の感触……赤井にとってそれは、感触という言葉で言い表すよりも、未知の体験と言ってもいいほどだった。
(少しだけ触られただけなのに、それがこんなにも伝わってくるなんて……男の時にはこんなことって……)
未知の体験に赤井は戸惑い、そして男の体の時の記憶を探った。それは、未知の体験というものを恐れる、動物の本能から来る行動であったか。
(男で言えば……ち○こを触った時がこうだったのかもしれねえけれど……あれよりも、なんて言うか、じわっと来るって言うか)
戸惑う赤井をよそに、その指先は動き続けていた。
(あ、指が……そんな……うわっ、止めてくれっ、駄目だっ、そんな……そんなところ……)
胸へと当たった指先は、その形を、すぅっ、となぞりながら、胸の膨らみの下へと潜り込んだ。
指が動くたびに伝わってくる未知の感覚から、赤井は目を逸(そ)らそうとした。逃げようとした。しかしその全身は赤井の意志は少しも受け入れず、その視線は、鏡に映る、胸をなぞり上げる一人の少女の姿を見つめていた。
胸の下へと潜り込んだ指先は、宙へと盛り上がった二つの胸を支えるかのように、優しくつつみ上げた。
(あっ!? や、止めてくれっ。その指が……胸に……変、変な気持ちに……なってくるじゃねえか)
その手のひらが、乳房の丸みを強調するかのように、柔らかな曲線を描いて、胸の下へと収まった。
そして、その丸さと重さを見せつけるかのように、ゆっくりと揉み上げていったのだった。
(だ、駄目だ……て、言ってるだろ……そんなこと……するんじゃねえ……わかんねえのかよ)
必死になって反抗する赤井であったが、その指先は動き続けている。
それは、不思議な感覚だった。
指先からは、その胸の柔らかさと、布地の感触が伝わってきている。そして揉まれる胸からは、これまでに体験したことのないほどの強烈な刺激が伝わってきていた。
その感触はまさに、自分の指先で、自分の二つの胸を揉んでいるというものだった。
しかし、その指先の動きは、赤井の意志とは無関係なものだった。
その指先で胸を揉む自分がいる一方で、別の場所に、それを見つめるもう一人の自分がいる……まるで、体の感覚と精神が分離してしまったようであった。
指を動かしているのではない、指を動かされているのだった。
乳房を触っているのではない、乳房を触れれているのだった。
(止めろ……止めてくれ……止め……)
声は出ないものの、心の中で叫び続ける赤井。しかしその心の声すらも、胸から伝わってくる未体験の感触に押されるように、弱々しいものへと変わってきていたのだった。
そんな赤井を責め立てるかのように、指先は動き続ける。
いや、ただ動き続けているのではない。その指先は、その指先一本一本それぞれが意志を持っているかのように、十本の指全てで、その胸を揉みしだいていたのだった。
(あっ……なんか、変な……胸のてっぺんがピリピリする……)
初めて味わう赤井には、そう形容するしかない感覚だった。
指先から伝わってくる乳房の柔らかさとは、まるっきり異質のものが胸の頂きに張り付いているかのような感覚だった。
(これって……乳首が固くなるってやつか?)
その未知の感覚を理解しようと、赤井はかすかに聞いたことのある、女性の体の変化について、思い起こしていた。
(固くなるって聞いたことはあるけれど……触らなくてもそれがわかるなんて……
あっ、止めてくれっ)
あまりの感覚に、抵抗することすら忘れていた赤井だったが、それでも必死になって反抗していた。
しかし、赤井の抵抗とはうらはらに、いや、むしろそれを見透かしたかのように、胸を揉む指先は、その頂きへと近づいていたのだった。
「あふっ」
動かなかったはずの、赤井の口から声が漏れたのは、その指先が乳首をつまみ上げたのと同時だった。
しかしそれにしても、赤井の意志で声が漏れたのではない。
赤井の意志とは関係なしに、その体が、指先の動きに反応して、独りでに出しているかのようだった。
その指先は、服の上からだと言うのに、まるで直に見ているかのように、そのとがった乳首を弄び続ける。
「んっ……あぁんっ……」
指先の動きに反応しているのは、その声だけではない。
指先が、くりっ、と動く度に、その肩が、びくんっ、と動くのだった。
鏡の中に映る少女は、肩を震わせながらも、その指先は決して離さずに、どん欲に己の体を弄んでいる。
(信じられねえ……こんな可愛い女の子が、胸を揉んでこんな声を上げているなんて……)
「うふふ。どうして信じられないなんて言うの」
(だ、誰だ?)
突然赤井に届いた声。その声がどこから来たのかは、赤井にはすぐにわかった。
しかし、同時に、そのことが理解できなかった。
その声は、赤井自身の口から出たのだった。
「誰だ、ですって。わたしよ、わ・た・し」
鏡の中にいる少女の唇が動くと同時に聞こえてくる、繊細な少女の、それでいて妖しげな声。
そしてそれと同時に伝わってくる、己の唇が勝手に動いて、その声を紡ぎ出す感覚。
(わたし、って……どういうことなんだ)
「そうね。わたしはあなたなの。あなたはわたしなのよ」
(……どういうことだ。それは)
ただでさえ、自分の意志とは関係なく体が動いているというのに、さらに起こった不思議な出来事に、赤井の頭は混乱していた。
「ちょっと分かりづらかったかしら……
正しくは、あなたが理想と思っている女性なのよ」
(俺の……理想の女性って?)
「ええ、今あなたの目の前にいる女の子よ。
あどけない顔をしていて、それでいて、自分の胸をまさぐっていて……」
(……嘘だ。女の子ってのは、もっと清楚でおしとやかで……)
「そうよね。それがあなたの理想の女性よね。
でも、それは同時に、そんな女の子が、淫らなことをして欲しい、いやらしい声を上げて欲しいって思っているからなのよ。
ほら、こんな……風に」
鏡の中にいる少女の目が、妖しく輝いたような気がした。
それと同時に、止まっていた指先が、さらに動く。指先で乳首をいじる一方で、その手のひらでは、その重さを強調するかのように、乳房全体を寄せ上げる。
「んっ……ふうっ……
うふふ、敏感ね。あなたの理想の女性の体って」
(そ、そんな……あっ)
必死に反論しようとするものの、胸から伝わってくる感覚に、意識すらも己の意志と離れていくかのような感覚に襲われた。
「うふふ……どうしちゃったの。
もっとも、始めての体験だものね。答える余裕なんてないわよね」
(や……やだ……止めてくれ……)
かろうじて答える赤井。しかし、赤井の体は、相変わらずその意志を無視し続ける。
「そうやって、始めての体験に耐えるのって、新鮮でいいわね。
もう、表情が見えないのが残念なぐらいね。始めての女の体の感覚に耐えるって、どういう表情になるのかしらね。
歯を食いしばって……目を閉じて……それとも、もう耐えられないって表情で、目を見開いて、口からはよだれなんか垂らしたりするのかしらね」
赤井をからかうかのような言葉を口にする、赤井の体。いや、それはもう、赤井とは別の、彼女の言う、赤井の理想の女性が口にしているのだろう。
彼女の言葉は続く。
「それじゃあ、もっと、『始めての体験』をさせてあげましょうね」
そう言って、ふっ、と彼女の口元がゆがんだかと思ったら、鏡の中の少女の手のひらが、荒い呼吸に揺れる乳房から離れたのだった。
(た、助かった……)
胸から消える手のひらの感覚に安堵する赤井。
乳房には、まだその手のひらが触れていた、じんじんと言う感覚の残るものの、直接的な刺激は去ったのだった。
赤井が安堵する間にも、胸から離れたその手のひらは、ゆっくりと下へと降りていって、ぴたりと閉じるその足の上へと降りた。
「可愛いスカートね」
彼女がそうつぶやくと共に、その指先には、スカートの布地の感触が伝わってきた。
(あっ)
次の瞬間、そのスカートを掴む手が、ゆっくりと上へと持ち上がっていった。
(や、止めてくれ、そんなこと、女の子がするもんじゃないだろっ)
スカートを持ち上げていく彼女に向かって叫ぶものの、鏡の中の少女はかすかに口を曲げて笑みらしきものを浮かべながら、こちらをじっ、と見つめている。
「かわいらしい下着を着ているのね」
まくり上げたスカートの下にあったのは、真っ白で余計な飾りのない、清楚な下着だった。
「かわいいパンティね。これがあなたの理想のパンティってわけね。
理想のパンティってのも変な言葉かもしれないけれど……」
自分の言葉におかしみを感じたのか、彼女はくすりと笑った。しかし赤井は、まるで自分が下着を見られてしまった少女のような、恥ずかしさを感じていた。
(いいじゃねえか。女の子ってのは、こんなもの飾ることねえんだっ)
純朴な赤井が叫ぶ。
「へーえ、そう思っているんだ。
でも、その下着の中にあるものは、誰でも同じ『もの』なんでしょ。だったら、その差が激しい方が、よほど興奮するわよね?
本当は、あなたはそのギャップを楽しみたいから、清楚な下着なんてのを思っているんじゃないの」
(お、俺がそんなことを考えるはずがねえだろっ)
彼女の言葉が、赤井の本心なのかどうかはわからない。
ただ確実に言えるのは、その言葉によって、赤井の心はさらに、恥ずかしさを感じているということだった。
「それは、あなたのご想像に任せるわ。
わたしは勝手に、続きをするから」
(つ、続きって……)
「うふふ、わかっているくせして」
彼女の言葉が、赤井の心をさらに責め立てる。
「そうねえ。
それじゃあ、横になろうかしら。あんまり気持ちよくって、失神して倒れたりしたら大変だから」
その言葉と同時に、赤井の全身が、勝手に動き出した。
腰を動かしてベッドへ全身を乗せて、そして背中をベッドへと降ろし、女の子一人にしては大きいベッドに、横になったのだった。
赤井の正面には、蛍光灯がつけられた殺風景な天井だけが見える。
「今回は、このままでやってみようかしら。
鏡であなたのアソコが見えないのは残念かもしれないけれど、いきなり見たら、それこそ失神しちゃうかもしれないわよね」
(あ、アソコを見るって……)
「お楽しみは、もう少しこの体に慣れてからでいいじゃない。
今日は、その感覚だけを……味わいましょうよ」
言葉が終わるなり、スカートから離れていた指先が、再び腰へと向かう。
(あっ!?)
それと同時に、ゆっくりと持ち上がり、広がっていく、二本の足。
その指先は、持ち上げられた足によってまくり上げられたスカートの中へと伸びていった。
(く、くそう……見えねえ)
スカートに隠れて見えないその指先のことをふと考える赤井。
「あら、やっぱり見たいんじゃないの」
(み、見たくなんか……)
「あなたの考えていることは、わたしにはわかっているのよ」
(…………)
断言するような口調でそう言う彼女の前に、赤井は抵抗を止めた。
「うふふ……わたしに任せてくれれば、悪いようにはしないわよ。
それよりも、いいようにしてあげるから」
(…………)
赤井は腹を決めて、その指先に意識を集中していた。
ゆっくりと動く手の横に当たってくる、柔らかい少女の太股の感触。
頬とは違った、あまり人目に触れることのない部分の柔らかさを味わっていると……
(あっ!)
予想もしないような刺激が、体のどこかから届いた。
(い、今のって……何がどうなったんだ?
まるで、体の真ん中を触られたみたい……)
「うふふ。だって『始めての体験』だものね。驚くのも無理はないわ。
それにしても、体の真ん中ってのは面白いわね。
確かに体の真ん中かもしれないわね。女性の体の……中心の部分……」
(あっ……な、なんだ……)
視界に届く、その右手が揺れるたびに起こってくる、未知の体感。
それはまさに、体の真ん中で起こっているかのようなものだった。
体の真ん中で起こった感覚が、全身へと伝わっていくかのよう……
「んっ……なかなか、敏感なのね……あっ、あなたの……理想の女性の体ってのは……」
(……ん……あっ……や……)
赤井は、その未知の体感に、もう反論することすら忘れてしまっていた。
ごく小さな、少女の指先の動きが、体全ての感覚を揺さぶり続ける……
男の体には、絶対になかったような、体中からわき上がる熱……
これまでに体験した、どの記憶とも違う感覚……
男の体とはまるっきり違った感覚……
「うふふ、すっかり参っちゃってるみたいね。
……わ、わたしは、まだまだなんだけれど。やっぱり、男の快感しか知らないと、女の体の快感にはとてもついていけないみたいね」
その未知の快感に翻弄される赤井をあざ笑うかのように、彼女の口調は、甘さを感じさせながらも、冷静なものだった。
その冷静さは、赤井に男と女の快感の違いというものを見せつけるには十分だった。
「あら……
濡れてきちゃったみたいね」
彼女の指先が、パンティの横へと移動した。そして、指先に柔らかい肉の感じが伝わると同時に、その指先にぬめりとしたものが触れた。
「ほら、あなたの体、濡れているのよ……」
そう言って、左手の指をパンティの上に張り付かせたまま、その右手を赤井の前へと持ってきた。
赤井の目の前に突き出される、蛍光灯に照らされて、きらきらと輝く指先。
少女の小さい指先に光るその露は、その繊細な指とは不釣り合いなほどに、妖しく輝いている。
「そうよ。これがあなたの体から出ている、あなたの蜜なのよ。
あなたの体は今は女の子のもの。それも、気持ちよくってこんなにいやらしい露を出しちゃう、いやらしい女の子の体なのよ」
女の子、という言葉が赤井を襲う。
憧れの対象であったはずの女の子に、今自分がなっている。
そして、その体は、指先からの快感に反応して……そして濡れている。
その、蜜に濡れる指先を見せつけられた赤井は、自分の体全てが、そのぬめりとした液体につつまれたかのような感じがした。
そして、全身をくまなく襲う、未知の体験……いや、未知の快感。
男にはなかった濡れるという感覚……男にはなかった快感。
ゼリーのような、ぬめりとした快感が赤井の全身を包み込む。
そして、全身全てを包み込まれて……
快感に溺(おぼ)れる、己の精神が上げる、快感の断末魔の声さえ、赤井の心には届かなくなっていたのだった……
翌朝目が覚めると、やはりと言うかなんと言うか、赤井の体は元の男の体に戻っていた。
着ている服も、ウェイトレス風のものではなく、昨日着ていたものなのだが、その部分部分にはやけに皺が出来ていたりする。
その皺を見て、赤井は昨日の夜のことを思い出し、そして、ぽっ、と頬を赤らめたのだった。その仕草は、どことなく女の子っぽかったりする。
「どうやら男の体に戻ったみたいね」
ドアの開く音がしたかと思うと、それと同時に届いた、永松博士の声。
「お、おい。いきなりドアを開けるなよ」
「いいじゃないの。今は男の体なんだから。
さ、それよりも、またあなたの出番よっ」
「出番って……何があったと言うのだっ」
「何があったですって……
そんなの決まってるじゃないの。作者がネタを思いついたに決まってるでしょっ」
「なーんだ。そうか。はっはっは」
わかったような分からないような赤井の笑い声が、狭い部屋へと響き渡ったのだった。
第一話「萌エ萌エ戦士っエトランジェ参上っ!」:おわり
「あとがき」
今回もおつきあい頂きましてありがとうございます。作者の月下粋沐(げっかすいもく)です。
まずは、今回の作品が出来るまでの経緯のお話からいたしましょうか。スタートは、本文の中で永松博士が触れている、ヒーローが変身する時に、男から女になれば、敵は見とれてしまい、攻撃してこないだろう、というネタを思いついたことからでした。ちなみにこれを思いついたのだが、99年の7月30日のことです。
それをネタに作品を書こうかと思ったのですが、それではちょっと弱いなあ、と保留をしているうちに、「少年少女文庫」で、華代ちゃんシリーズというのが出まして、その中にある依頼人を一方的に女に変えてしまう、というのを見て、だったら敵を女に変えるというのを攻撃にすれば面白いだろうなあ、なんて思いました。と、これが8月12日の出来事です。(ちなみに、日付がちゃんとしているのは、ネタを思いついたら日記を書くことにしているからです)
それで、それをネタにして、まずは18禁場面のない、一般向けの作品を書いてみて、「少年少女文庫」に投稿したのが、18日のことです。ちなみに、その「少年少女文庫」向けのもの。最初に書いた時には、今回掲載したものと同様、永松先生が博士として登場していたのですが、「少年少女文庫」の読者はわからないだろうからと、ごく普通の博士にしてみました。だから、ある意味こちらの方が本家みたいなものになっています。
ちなみに、その時に使った名前の、「月の下みずき」ですが、名前の「みずき」は、粋沐=水木=みずきというのがその由来です。これは、一般向けのTSFを書いた時に使おうかと思っています。
一般向けも書き終えて、いよいよ18禁バージョンへと入りまして、それが書き上がったのが、25日。どうにか、「Xchange2」の発売日に間に合ったということで、「Xchange2発売記念」ということで、こちらで掲載することとなったわけです。
続いて、作品の内容に入りますか。
見てわかる通り、前半ギャグ、後半すけべという、いつものパターンとなっています。パターンが同じだけでなく、Hシーンも、一つの体にに二つの人格が入るという、「ていく・おーばー」と同じようなものになってしまっていますが、これは、女の体を嫌がる男の精神と、女の体の快感を求める精神の二つとを、手っ取り早く描こうとするとこうなってしまうというもので、描写力とか話の持って行き方のうまさがあれば、一人の人格のとして描けるのだけどなあ、と反省はしているのですが、今のところは、どうしてもこうなってしまいます。
さて、今後の展開についてですが。
ネタを思いついたので続きを書くとは書いたものの、こちらも「ていく・おーばー」同様、途中の断片的なネタとか、最終回のネタとか、だけですので、第二話としてのネタはまだ揃っていません。
ということなので、その続きがいつ出るかわかりません。
まあ、今回、「Xchange2」発売記念として掲載した訳ですから、「Xchange3」が発売されるまでには、どうにか続きを書けるのではないかと思っています。「Xchange3」が出るかどうかは、保証の限りではありませんが。
第二話へ続く
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この作品は、
「月下の図書館」http://www.at.sakura.ne.jp/~gekka3/index.html
で掲載されたものです。