『萌エ萌エ戦士っエトランジェ』
第二話:特訓、それはヒーローの定め!

作:月下粋沐(げっか すいもく)


「黙ってついて来いというから来てやったのに……こんな場所に連れてきてどうしようって言うんだ?」
永松博士に言われるままに、夏休みで誰もない学校の校庭を移動した末に赤井がたどり着いたのは、校庭の隅にある、今は使われなくなった旧体育館だった。
「ふっ、それは中に入ってみればわかるわよ」
生徒が入らないように厳重に閉じられた扉に手をかけながら、永松博士はそうつぶやいた。
ガラガラガラガラ……
大きさの割にはやけに軽い音を立てて、体育館の扉が開いていった。
扉が開くと同時に扉の向こうへと入り込んだ光が、中にあるものを浮かび上がらせていく。
そこには、いろいろなものが並べられているようなのだが、それが何なのかまでは、見ることは出来なかった。
「さ、入って」
すでに足を踏み入れながらそうつぶやいた永松博士の手が、入り口横のスイッチに触れると、その中にあったものが、煌々と照らされて、その姿を現したのだった。
「こ、これは……」
体育館の中に並べられているものは、その大きさも、形も様々で共通性は感じられない。
しかし赤井の眼力は、それらが何を意味するのか、一瞬で見抜いたのだった。
「す、すげえじゃねえか。よくこんなにも集めたものだな」
感動に打ち震える赤井の声を、それが当然と言うように聞き流してから、
「ふっ……
ヒーローと言えば特訓っ!
特訓と言えばヒーローっ!
このわたしが、その程度のことをわかっていないと思ってっ!」
そう言って、長い黒髪を、ふぁさぁっ、とかき上げたのだった。
「み、見ていいのか?」
そう尋ねる赤井だったが、その足はすでに、目の前に並べられているものへと向かっていた。
「当然じゃないの。全て、あなたの特訓のために集めたものなのよっ」
そう答える永松博士の声は、赤井にはもう届いていなかった。赤井の頭の中は、目の前にあるもので一杯になっていた。
「これは鉄下駄じゃねえかっ。しかもちゃんと天狗印の一本歯の奴。
こっちには、一夏で君もモテモテっ、のブルワーカーがっ。
おおっ、こっちには、物干し台にもなるという、ぶら下がり健康器じゃないかっ」
所狭しと、床の上に置かれた特訓道具を、赤井は一つ一つ手にとって、解説付きで叫んでいったのだった。
「ふっ、それだけじゃないのよ。
ほら、ちゃんと大リーグ養成ギプスもあるし、コンダーラもあるのよ」
そう言って永松博士は、体育館の床に置かれたローラーを指さしたのだった。
――ここで説明しよう! コンダーラとは、テニスコートなどを均(なら)すための大きなローラーのことである。それが何故コンダーラと呼ばれるかと言うと、アニメ「巨人の星」のオープニング中、このローラーを引いている場面の歌詞が、「おもいこんだら試練の道を」となっていて、それを見た小中学生は、「重いコンダーラ」だと思ってしまったというわけである。
「まだあるのよっ。
精神面の特訓をサポートするために、流れる滝も用意してあるのよっ」
永松博士が指さした先には、滝に打たれて修行するには打ってつけと言ったような滝が流れていた。体育館の中で滝が流れる状況がどういうことなのかはよくわからないが、幸いこの作品に関してアニメ化や漫画化、映画化やフルCG化、さらにはナスカの地上絵化の話は出ていないので、どういう映像かあんまり真剣に考える必要はないだろう。
「どう? 気に入ってもらえたかしら?」
「おおっ、これだけ特訓道具があるとは、ヒーロー魂に尽きるぜっ」
感動の涙を流しながら、赤井はそう心の叫び声を上げたのだった。
「それだったら、さっそく特訓よっ。
目標は、あなたが萌力エナジー略して萌エ萌エを使いこなせるようになるってことよ。
さ、さっそく変身して」
「おうっ、わかったぜっ!
変っ身っ!」
叫び声を同時に、赤井はピンク色をしたリボン状の光につつまれた。
そして、その光が止むと同時に、
「萌エ萌エ戦士、エトランジェっ! 参上」
赤い襟がワンポイントのウェイトレスのような服と、赤いスカートに身を包み、すっくと立ってそう叫ぶ、赤井伸吾こと、レッドの姿があったのだった。
「相変わらず、見事な変身ね。
さ、それじゃあ、変身したところで、さっそくこれを付けてもらえるかしら?」
そう言って永松博士が赤井に手渡したのは、金色に輝く大きなリングだった。
「これって……どうすりゃいいんだ」
両手で持つほどの大きさのリングを手にしながら、赤井は尋ねた。
「それを、頭にかけてもらえるかしら?」
「ふーん、頭にねえ。どっかで見たような形だよな……
あ、そうか。わかったぜ。これって、西遊記の孫悟空が頭に着けているやつだ」
「そうよ。でもそれは、ただのリングじゃないのよ。
『萌エ萌エ養成ギプス』って言う、由緒ある名前があるのよ」
どこに由緒があるのかはわからないが、とにかく博士がそう言うのだからそうなのだろう。
「おおっ、それはなんかすごそうな名前だな。
で、これを使って、俺にどうしろと言うっ……あぎゃーっ」
言葉の途中で、赤井はいきなり大声を上げた。
しかし永松博士は、平然と腕を組みながら、
「うーん、ちょっと電圧が強かったかしら」
冷静に、しびれる赤井の姿を見つめているのだった。
「こ、これは、どういうことなんだよっ」
頭にかかるリングを必死になって外そうとしながら、赤井は永松博士に詰め寄った。
「それは、前回の戦闘の反省を活かして作ったものなのよ。
TSっ娘の一人称はいろいろとあるけれど、やっぱり基本は『ボク』じゃなくちゃ駄目よね。でも、あなたは俺って言ってるでしょ。
だから、それを改善するためにも、『俺』って言うと、自動的に電気が流れるようになっているのよっ」
あくまでも得意げな顔で、永松博士はそう言い切ったのだった。
「そ、そんなの俺が知るかっ……おぎょーっ」
またしても起こった電気ショックに、赤井は再度叫び声を上げた。
「ほらほら、駄目でしょ。そんなことじゃ」
「だ、だいたいっ、言葉を言っちゃ駄目だからって、こんなにも電気ショックを出す必要もないだろうがっ」
まだ体中に電気のしびれが残るのか、体をびくつかせながら、赤井は叫んだ。
「大丈夫っ。そうやって電気ショックを常に受けていれば、ピ○チュウの攻撃にあっても耐えられるようになるわよっ」
「そういう目的じゃないだろうがっ」
ひたすら叫び続ける赤井であるが、そこは永松博士の方がものに動じないようで、
「人間何があるかわからないのよっ。ひょっとしたら、あなたが『ピ○チュウ』の敵として登場するなんてことがあるかもしれないじゃないっ。
そういう時に、この特訓をしておけば、役に立つわよっ」
「俺は、うをぅっ!……正義のヒーローだっ。どうしてピ○チュウの敵として登場せにゃならんのだっ」
「何を言ってるのよっ」
永松博士は、赤井の両肩をぐわしっ、と掴んでから、彼の、というか今は彼女の眼をじっと見て、
「よく聞きなさいっ。
三代目水戸黄門をやっている佐野浅夫だって、以前はニセ水戸黄門ということで登場していたのよ。
そうやって脇役から始まって、最後は主役になる。それこそが、本当のヒーローのサクセスストーリーじゃないのっ!」
「うくっ、元祖ヒーローものの水戸黄門の名前を出されると反論できねえぜ」
日本最古のヒーロー、水戸黄門という偉大な名前の前には、沈黙せざるを得ない赤井であった。
ちなみに言うと、水戸黄門が作ったヒーローの構造というのは、現在になっても、格さんがレッド、助さんがブルー、風車の弥七がグリーン、お銀がピンク、うっかり八兵衛がイエローとして、確実にその形を残しているのである。
「それに、無事に主役になったとしても、敵が電気ショックで攻撃してくる可能性があるわよっ。
考えてもみなさい。もしも東京ガスがスポンサーの番組だったら、悪の組織は商売敵の東京電力が作る電気で攻撃してくるってことになるのよっ。
そのためにも、電気ショックに慣れる必要があるわっ」
「おおっ、そうか」
まだ水戸黄門の偉大さ云々という話のことが頭にが残っている赤井は、だったら東京電力がスポンサーだったらどうするのだ、ということに思い至ることはなかったのだった。
そんなこんなで、特訓が始まった。
その特訓風景というと、
「この俺の正義の……おぎょーっ」
とか、
「待たせたな。どうやら俺の出番……あぎゃーっ」
とか、
「ここは俺にまかせて……でょへーっ」
とか言うもので、それはそれは大変なものだった。
「ふっ、ここいらでちょっと休憩にしようかしら」
「お、おう……」
頭はちりちり、服はぼろぼろ、顔は焦げて、口からは煙を吐くという、コントで雷が当たった時の典型的な姿をしながら、赤井はかろうじて答えた。
「飲み物は、アイスティーとカフェオレがあるけれど、どっちにする?」
「それじゃあ、お……じゃなかった、ボクはカフェオレっ
うぎゃーっ」
「駄目じゃないの。カフェ俺なんて言ったら」
「そ、そういう、ベタなネタを入れるんじゃないっ」
さすがに怒りが沸騰してきた赤井であったが、
「いやあ、並行して書いているシリーズの方はギャグがないから、その反動でこっちはあれこれとギャグを入れているってわけよ」
「ンなこと、俺には関係ないっ……おぎょーっ」
同じハイテンションの二人と言っても、永松博士にはかなわない赤井であった。

「さあ。続いて、特訓第二弾に行くわよっ」
さんざんしびれて、へみょーん、と言った感じで横になっている赤井に向かって、永松博士はそう言って、また新しい特訓道具を取り出した。
「な……なんだ、それは?」
倒れたままに顔だけ向いて尋ねる赤井とは対照的に、博士は無責任な自信顔で、手に持った道具の説明を始めた。
「これぞっ、萌エ萌エ養成ギプス第二弾!
内股養成つっぱりポール(今ご購入された方にはもれなく本革仕立ての財布をプレゼント中)よっ」
「な、何なんだ……それは」
力の抜けた体から、さらに力を抜けさせるような特訓道具を見ながら、赤井はそうつぶやいた。
「何って……革で出来た財布のことよ。ちゃんと本物の合成革で出来ているのよ」
「いや、そっちじゃなくって最初に言ったやつ……」
「ま、付けてみればわかるわ」
赤井が、倒れて力の出なくなっているのをいいことに、永松博士は赤井の両膝に渡すように、そのつっぱりポールとやらを取り付けたのだった。
「こ、これでどうしようって言うんだ?」
「ふっ、TSっ娘と言えばスカートは基本っ。それも、ただスカートをはくだけじゃなく、電車のシートに座っていて、つい足が開いてしまうってのが、ツボよねっ。
そこで、今回ご紹介するこのつっぱりポールを使えば、ついいつもの癖で、足を開いてしまったかのような足の開き具合を身をもって学ぶことができるのよっ」
「……いや、そんなの学ばなくても」
「それだけじゃないわっ。
足をちょうどいい角度に開いた後で、『おっといけねえ。今は女だってことを忘れていたぜ』ってつぶやいてから、慌てて足を閉じて、スカートを両手で押さえなければいけないんだけれど、その『おっといけねえ(以下略)』って台詞をちゃんと言わないと、さっきと同じように電流が流れるようになっているのよっ」
「…………」
もはや言い返すこと気力すらなくしながら、赤井は永松博士の言葉を聞いていたのだった。
「さ、それじゃあ、さっそく行くわよっ」
そう言って彼女は、赤井の両膝に渡されているつっぱりポールのスイッチを押すと、
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
まるで、売れないお笑い芸人がたまに出たテレビで必死になってアピールしているかのように赤井は叫んだのだった。
「まったく、何痛がっているのよ」
文句を言いながらも、永松博士は仕方なしに、赤井の両膝に渡されたつっぱりポールを取り外した。
そして、そのポールにある目盛りのようなものを見つめた時に、
「あらごめんなさい。よく見たら、開脚レベルが、和田アキ○ってなっていたわ」
「わ、和田アキ○って……」
突然出てきた名前に、赤井は両足をだらしなく広げながらも驚きの声を上げた。
「ふっ、そういえば、これって、元男だった和田アキ○が、芸能界入りする前の特訓に作ったものだったのよね」
「そ、そうだったのか……?」
「そうよ。ようやく特訓も終わって、始めてテレビに出たら『大女(おおおんな)』呼ばわりされたってのが、昨日のことのように思い出されるわ」
昔のことを思い出すような顔で、永松博士はしみじみとそうつぶやいたのだった。

そんなこんなで、萌エ萌エ養成ギプスによる特訓は続いた。
「駄目よ。そんな走り方じゃ、慌て振りが伝わらないわっ。
そもそも、スカートをめくった時の驚き方がなっていないのよ」
と博士が叫ぶのは、『いつもの調子で男子トイレに入ってから、声を上げるなり慌てて外に走っていく』というシチュエーションのための特訓でのことだった。

「駄目よ、そんな笑い方じゃ。あくまでも、こんな場所なんてたまにしかこないから、つい間違えちゃった、って風にじゃないと」
と、これは『女の体になった役得として、女湯に行ったものの、ついいつもの癖で男湯の方に入ろうとしてしまった』というシチュエーションのための特訓だった。

そんな特訓が続いた末に、
「もうやってられるかっ」
赤井は叫んだ。
ちなみに、これは、『デパートで歩いていたら、化粧品売場の店員から声をかけられて、辺りに誰もいないのに何を言っているのだろうかと思ったら、声をかけられたのが女になっている今の自分だとわかって、化粧をしてもらおうか考えてしまい、次の瞬間にはそんな自分を否定するように首を振るなり慌てて走っていく』という、一体どういう養成ギプスを使ったのか想像も付かないような特訓をしている時のことだった。
それはそうだろう。こうなってくると、萌える萌えないということよりも、まるでジェスチャークイズのお題である。
ちなみに、この「ジェスチャー」というのは、鼻にかかったような声で、「チャー」のところを半音上げるような感じで発音してくれると、作者は喜ぶ。
喉をごろごろと鳴らして、尻尾を振って喜ぶ。
なぜ喜ぶかは、長くなるから説明しないが。
「もう嫌だ」
「駄目よっ、そんな短気になったらっ」
「もう、男に戻るっ」
そう叫んだ瞬間、赤井の体を青いリボン状の光が包み込んだ。
そして、その中から現れたのは、男としての赤井の姿だった。
「こ、これは……」
手を目の前に持ってきて、太く短くなった自分の指を見つめながら、赤井はそうつぶやいた。
「ふっ、どうやら萌力エナジー略して萌エ萌エをコントロールできるようになったみたいね」
「コントロールだって?」
驚きながら尋ねる赤井とは対照的に、永松博士はこれも予想通りの結果というような落ち着き払った表情で、
「そうよっ。こうやってどういう時に萌えるかを理解することで、あなたの中にある、萌力エナジー略して萌エ萌エをコントロールすることが可能になったのよっ」
もちろん、そんなことを考えてやったことではなく、たまたまそうなっただけなのだが、博士のその毅然とした態度に、赤井はすっかりそうだと信じてしまった。
「おおっ、そうなのか。俺が浅はかだったぜ……」
博士の言葉に、赤井は感動の涙を流した。それは、何かを成し遂げた男だけが流すことの出来る、心の汗というやつだった。

赤井の心の汗が流れ続けている時に、突然電子音が響いた。
「あ、はい。もしもし」
その音の発信源は、永松博士の携帯電話のようだった。
「もしもし、うん、わたし。
え、本当。ふーん、そうなんだ。やだー、何いっているのよ。
うふふ、それはお互い様でしょ。
やーね。え、キャッチ入ったから切る? うーん、つれない、お方」
やけに楽しそうに談笑した末に、博士は電話を切った。
そして、ようやく泣き終わった赤井の顔を見るなり、
「レッド、事件よ。
父権社会を復活させる会が町中をうろついているそうよ」
「そうか……って、今の電話ってそういうことを伝えていたのか?」
「ええ、そうよ。何かおかしい?」
「い、いや。特に否定はしないが」
だからと言って肯定するでもなしに、赤井は走る永松博士の後を追って、車に飛び乗ったのだった。

「いたわよっ。あそこね」
「あ、あれが……そうなのか」
呆然とした声で赤井が念を押すのも無理もない。
永松博士が指さした先にあったのは、『ピ力チュウショー』と書かれた看板と、その下で踊る大きな着ぐるみ、そしてそれを取り囲む幼稚園児の姿だったのだから。
「ええ、間違いないわ。ほら、あそこで司会をしている奴、前回の敵の、超党派国会議員の山村雨よ」
言われてみると、なるほどいかにも国会議員というような顔をしたおっさんが、子供に愛嬌を振りまいている。
「きっとああやって子供を油断させてから、誘拐しようという魂胆よ」
「確かに……悪の組織と言えば、幼稚園児誘拐は付き物だからな」
そう言うなり、赤井は車を飛び出して、『ピ力チュウショー』の中へと入っていった。
「おいっ、山村雨っ。
子供を集めて、どうしようというつもりだっ」
叫ぶ赤井を見た山村雨は、一瞬驚いてから、
「ふんっ、知れたこと。幼稚園児をバスごと誘拐するのは、悪人の義務だからだっ」
あんまり答えになっていない答えを言う山村雨だった。
「誘拐だとっ。誘拐してどうすると言うのだっ」
「ふんっ、知れたこと。幼稚園児を誘拐して、洗脳をして将来の組織票固めをするのだっ」
「しかし、それにしては、そんなピカチュウショーなんてやって、ちっとも誘拐になっていないじゃないかっ」
「ふんっ、知れたこと。こういう時には、幼稚園児を送迎バスごと誘拐するというのがセオリーなのだが、なぜかどこを探しても送迎バスが見つからなかったので、まずはこうやってピ力チュウショーで幼稚園児を集めて、一旦送迎バスに乗せてから、誘拐させようと思っているのだっ」
結構面倒くさいことを考えているようある。あるいは律儀と言うべきか。
「ふっ、そんなことを考えるとは、お前も所詮は国会議員。庶民のことを知らないな」
「何っ、このわたしが、庶民のことを知らないだとっ」
「ああそうだ。どうして送迎バスが見つからなかったのか、それがわからないようでは、まだまだ庶民のことはわかっていないということだ」
「何っ、送迎バスが見つからなかったというのに理由があるのかっ」
「そうだ……その理由は簡単」
そこまで言ってから、赤井は山村雨をびしっ、と指さして、
「今は夏休みだから、幼稚園も休みなのだっ」
「何ぃっ! ま、まさか」
読者がこれをいつ読んでいるかは知らないが、一応設定上は、永松博士が夏休みの合間を利用してやっているということなので、このシリーズを通して夏ということになっているのである。
「むむ、言われてみれば、木には蝉がとまっているし、ラーメン屋には、存在感の薄れてきた『冷やし中華始めました』の文字があるし、寄席では『夏泥』とか『夏の医者』とかが高座にかけられるし……
お、あんなところには無邪気にスイカ割りをする子供の姿が。
あ、あそこには、意味も分からずに黙とうを捧げる高校球児の姿が」
回りの状況を見ながら叫ぶ山村雨。
どういう状況なのかわからないが、とにかく夏なようである。
「策士策におぼれるとはまさにこのことだな」
「うぐっ」
むしろ、単なるうっかりさん、と言ったものだと思うのだが、さすがにヒーローが『お前はうっかりさんだ』とか言うわけにもいかないし、言われる方にしたって、うっかりさんよりかは策士の方がいいだろうということで、あんまりそういうことには触れられずに、話の方は先へと進んだ。
「それにしても……
力のない幼稚園児を誘拐しようとするとは、恥を知れっ」
「ふんっ。それは仕方がないことではないかっ。
これで、小学生でも誘拐しようとしても、恥ずかしがったり馬鹿にされたりで、撮影に協力してくれないのだぞっ。
だいたい、最近の小学生は生意気だっ。この前なんぞ、ザコキャラの一人が『お前、時給いくらでそんなコトやってんだ?』と言われてショックを受けて、そいつは実家の青森に帰ってしまい、今頃はリンゴ畑でリンゴの実に袋をかぶせているそうだぞっ。
……す、すまない。わたしが輸入リンゴ問題でもう少し強行に行動していたら、もう少し君に楽をさせられたのに……」
そう言って、その部下のことを思ったのか、山村雨は涙をこらえるような顔をした。
意外と部下思いな奴である。ただ、部下をザコキャラ呼ばわりするのはどうかと思うが。
しかし、部下思いであろうと、赤井にとって悪人は悪人。
「ピカチュウを使うなんて……任天堂に言いつけてやるっ」
作者の首を絞めるような脅し文句を叫んだのだった。
「ふっ、ピカチュウとは何のことかな?」
言われた山村雨は、内心おどおどしている作者とは対照的に、あくまでも平然と答えたのだった。
「何のことだとっ。そこの看板に大きく『ピカチュウショー』って書かれているじゃないかっ」
「これはピカチュウではないっ。ピ力チュウ(ぴちからちゅう)だっ」
「な、何っ」
言われて赤井がその看板を見てみると、確かに『ピカチュウ』ではなく、『ピ力(ちから)チュウ』となっている。
ちなみに、見てもよくわからないという方は、漢字再変換機能とか検索機能などを使って確認していただきたい。
「どうだ。しかも、さっきわたしはちゃんと台詞の中でも、『ピ力(ちから)チュウ』と言ったのだぞ。気づかなかったのか」
「そんなの、活字で見せられてもわからないわよっ」
いつの間にやってきたのか、永松博士が赤井の横で叫んだ。
「ふんっ、そんなのは知らんなっ。
それに見ろっ。あの着ぐるみをっ」
そう言って指さす先にいるのは、大きさや形こそ似ているものの、色は青、しかも角が三本生えているのだった。
「どうだっ。さっきからそれらしい記述は少しもないではないかっ」
と、まるで読者にケンカを売るかのように、山村雨は叫んだのだった。
「だからどうしたっ」
突然、赤井は開き直ったように叫んだ。いや、事実開き直っていた。
「ピカチュウだろうが、ピ力(ちから)チュウだろうが関係ないっ。
悪は倒す。それが俺の目指すところだっ」
「ううむ、わたしが著作権を考慮してがんばって考えたものをそうあっさりと否定するとは。
許せんっ。今度こそ倒してくれるわっ」
何か論点がずれているような気もするが、何はともあれ戦闘場面へと入ったようである。
「待ってっ」
構える赤井に向かってそう叫んだのは、辺りにいた子供だった。
「お願い。僕たちのピ力(ちから)チュウをいじめないで」
口々にそう言って、赤井の元へと集まったのだった。
「おおっ、子供たちがわたしの味方をしてくれるというのかっ」
子供たちの思わぬ行動に、山村雨は、泣き崩れそうな顔をした。そんな山村雨の耳には、
「止めてよ。せっかくいい大人があんなことをしているんだから。止めさせるなんてもったいないよっ」
「そうだそうだ。大人につきあってあげるのが、幼稚園児の義務だろ」
と口々に言う、子供の言葉は届かなかったのだ。
そんな子供達を前にして、赤井は困った。ここで山村雨たちを攻撃すれば、端から見たら、こっちが悪人のようである。
「レッド、ここはわたしに任せてっ」
突然、永松博士の言葉が響いた。
「この催眠ガスを使えば、耐性の弱い子供は、あっと言う間に倒れ込むわっ」
その言葉と同時に、どこから取り出したのか、ガスボンベの栓をひねった。
「おいっ、こんなところでそんなことしたら、全員が眠っちまうだろうがっ」
「大丈夫。
いくらわたしのキャラの元ネタが、白蛇のナーガだからって、眠りの術で自分を含めて全員が眠ってしまう、なんてことはないわっ」
その言葉の通り、周りの幼稚園児はばたばたと倒れて行くものの、永松博士や赤井、さらには敵一同は誰一人倒れることもなかったのだった。
「こ、これは一体?」
「理由は簡単。これって、空気よりも重たいガスだから、背の低い子供だけが倒れるようになっているのよっ」
「おおっ、そういうことかっ」
永松博士の行動をたたえるかのように、赤井は叫んだ。
しかし山村雨は不満顔だった。
「おのれっ。せっかくわたしの政治活動を支持してくれた子供を眠らせてしまうとはっ。それでも貴様たち、正義の味方なのかっ」
「ふっ、そんなの大丈夫よ。
幼稚園児に催眠ガスを嗅がせたのは、あなたたちってことにしておくから」
「そういう問題じゃないだろうがっ」
「結果よければ全てよしっ。世の中、結果を作れる人を勝者と言うのよっ」
言葉には説得力はないものの、胸を張ってそう言う永松博士の姿には、説得力が3ピコグラムほど感じられた。
「さあっ、子供達はいなくなった。
これで心おきなく戦えるぜっ」
「うぬぬぬ、こうなったらピ力(ちから)チュウっ! 攻撃だっ」
「ピ力(ぴちから)ー」
そう叫び声を上げるなり、ピ力(ちから)チュウは赤井めがけて電撃攻撃を仕掛けてきたのだったっ!
「おぎょーっ」
叫ぶ赤井。
「大丈夫?」
声を掛ける永松博士。
「おお、どうやら大丈夫なようだ」
それに答える赤井。
「そうよっ。こんなこともあろうかとっ、あの特訓をやっておいたのよっ!」
大嘘を付く永松博士。
「ピ力(ぴちから)ー」
そうしているうちにも、ピ力(ちから)チュウの攻撃は続いた。
電撃ショックこそ無事なものの、その続く攻撃に赤井は前へ進むことが出来ずに戸惑っていた。
「く、くそう。もう少し近づければ……」
「わっはっは、どうやらピ力(ちから)チュウの攻撃に苦戦しているようだな。
どうだね、このピ力チュウの威力は」
「あーっ」
そこへいきなり、永松博士の叫び声が届いた。
『な、なんだ?』
声を揃えて、永松博士を見る、赤井と山村雨。
「今、ピ力(ちから)チュウじゃなくて、ピカチュウって言ったわっ」
「何、そんなはずはないぞ」
そう言いながらも、著作権のことが心配なのか、山村雨やピ力(ちから)チュウ、そして周りにいるザコキャラは、空を見上げて、六行上の台詞の文字を、じっと見つめたのだった。
「さ、今よ。レッド」
「お、おうっ!」
永松博士にせかされて、赤井は上を向いて無防備になっているピ力(ちから)チュウへと走っていった。
「赤井キックっ」
そんなピ力(ちから)チュウの腹に、赤井の普通のキックが見事に決まった。
「ピ力(ぴちから)〜」
と叫び声を上げて、ピ力(ちから)チュウは倒れた。
こうなると、二頭身とも言えないような格好のピ力(ちから)チュウは起きあがることができない。
着ぐるみの弱点をついた、赤井の見事な攻撃であった。
それはまるで、往年のタケちゃんマン対ブラックデビルのような、あっけない決着の結末でもあった。
「さあっ、これで前回と同じ状況になったぜっ。
後は前回同様、お前達が倒されるだけだっ」
勝ち誇ったかのように、赤井は叫んだ。
「よし、いくぜっ! 変身っ」
その叫び声と同時にわき起こった、ピンク色のリボンの光が、赤井を一人の女の子戦士、エトランジェへと替えたのだったっ!
そして、叫ぶザコキャラたち。
「きー」(おおっ、前回は突然だったからあんまり落ち着いて見られなかったけれど、今回はちゃんと見られたぜ)
「きー」(俺も俺も。今回はちゃんと、タイマー予約してあるんだぜ)
「きー」(俺前回休んだから、始めてみるんだよ。すげえな、予想以上じゃん)
「きー」(『うむむ、これは村の皆にも見せて上げなくては』そう言って和尚さんは走っていきました)
なお、ザコキャラ語の翻訳は、前回同様作者がフィーリングを用いて、多分そんなこと言ってるんじゃないかなあ、と思って行ったものなので、事実と異なる場合があります。
「さあ、レッドっ。
敵のザコキャラは、タイマー予約をしてきたのを自慢したり、同じネタを三回も使い回しするのはどうかなあ、って言って油断しているわっ」
……今回はちょっと翻訳が違っていたようである。

「萌エ萌エフラッシュ」
赤井がそう叫ぶと同時に、目の前にいる敵へと向けられた、赤井が右手の手のひらから、萌力エナジー略して萌エ萌エが発動された。
――ここで説明しよう!
前回とポーズが同じなのは、決め台詞とポーズを大々的に募集したにも関わらず、一通も応募がなかったからだっ! 決して、カットアンドペーストで楽をしようと作者が思ったからである。
目の前にいたザコキャラめがけて赤井の手のひらから放出された、萌力エナジー略して萌エ萌エが、そのザコキャラをピンクの光で包み込んだ……というところからは、前回と同じなので省く。

「さあ、ザコキャラは全て戦闘不能になった。
これでもう、俺に刃向かおうとするのは、お前一人になったようだな」
前回同様に、超党派国会議員の山村雨に向かって、そう叫ぶ赤井。
「うむむ、描写すら省略されてしまうとは……
なんと気の毒なザコキャラなのだ」
そう言って、ぐっと涙をこらえる顔をする山村雨。
さっきも言ったが、そう思うのだったら、部下をザコキャラ呼ばわりするのは止めた方がいいと思うのだが。
「しかしっ、ザコキャラがおめおめと女の子にされてしまったというのに、このわたし一人がこのままの姿で、のうのうとしている訳にもいかないっ。
さあっ、わたしは別に女の体になることには興味がないが、君がどうしてもと言うのならば、ザコキャラ同様、女の子になってやってもいいぞ」
「ふっ、さてはあなた、もう一度女の子になりたいって言うのね」
そう叫んだのは、山村雨の台詞を聞いていた永松博士だった。
「な、何を言うんだ。
ただわたしはそれが、世論であるというのならば、謹んで前向きに検討した末に、受け入れるかどうか審議に入ると言っているのであって……」
しどろもどろになって訳のわからん永田町言葉を口にする山村雨であった
「うーん。ボク、今日は疲れたから、止めちゃおっかなー」
一方の赤井は、萌エ萌エ養成ギプスの成果が出たのか、いたずらっぽい女の子のような口調でそう言ったのだった。
「な、何をっ。わたしだけ別扱いをするというのかっ。
ええい、こうなったら自棄になって攻撃してやる」
叫ぶと同時に、超党派国会議員の山村雨から発せられた超党派国会議員エナジーは、赤井へと向かっていった。
しかし、養成ギプスを使ってパワーアップしている赤井は、
「きゃー、怖ーい」
という声と同時に、そのエナジーを片手ではじき飛ばしたのだった。
そして、例によってその流れ弾は、永松博士を直撃したのだった。
「むむ、博士まで攻撃するとは……ボクはもう許さないぞっ。
やっちゃえっ、萌エ萌エタイフーンアターックっ」
前回とは違って、ボーイッシュな女の子の口調でとどめの一撃を発動させる赤井。
そして、前回と同じように、山村雨をつつんだピンクの光の中から出てきたのは、一人のブルマー少女だった。
いや、前回と同じではなかった。前回に比べて、ブルマーが小さめになっているのだった。
それはまるで、
『おかあさん、わたしの体操着知らない』『体操着だったら、全部洗っちゃったわよ』『ええっ、今日体育あるって言ったじゃない。ぶーぶー』『そんなこと聞いてないわよ。いいじゃないの、前まで使っていたのを履けば』『えー、だってあれきついんだもん。こないだ履いた時なんか、男子がじろじろ見てたみたいだしぃ』『何自意識過剰しているのよ』
という、朝のキッチンにおける、母と娘の会話が容易に想像できるぐらい小さめのブルマだった。
むしろわかりにくいという話もあるが、とにかくそういうことだった。
「どうだっ、これで前回同様に手も足も出まい……」
そこまで叫んだところで、赤井の台詞は止まった。
いや、止まってしまったのだった。目の前にいる、小さめの体操服とブルマをはいて、もじもじとしている女の子の姿を見て、台詞を言うことすら止まってしまったのだった。
赤井の目の前にいる女の子、それは幼さを残しながらも大人になったというような顔つきで、どぎまぎしながら、赤井の顔を見つめていたのだった。
「……ボク、こんな格好恥ずかしい」
そう言って彼女は、お尻に食い込んむその小さなブルマを少しでも伸ばそうと、両手をブルマの下にやって、手をもじもじと動かしていた。
「か、可愛い……」
「え、可愛いって、ボクが?」
変身中の赤井に言われると同時に、ちょっと後ずさりするその姿は、壊れやすい少女の存在というものを映し出しているかのようだった。
そうっ! 今回の訳の分からない特訓によってパワーアップされた赤井の萌力エナジー略して萌エ萌エと、山村雨の女の子になってもいいというリビドーが相乗効果を生んで、山村雨の姿だけでなく、その仕草や言動にまで影響を及ぼして、どこに出しても気恥ずかしがるような、立派なTSっ娘へと変身させたのだった。
ちなみに言うと、これをゲーム化した場合、萌力エナジー略して萌エ萌エのレベルが上がる度に、変身させる相手をプレーヤーの好みに合わせて変身できるようにしよう、と作者は考えているようである。だからどうしたかと思われても困るが、とにかく作者はそう思っているのである。
「ボク、男だったんだよ。そんなボクが、可愛いわけないじゃないかっ」
まるで、気恥ずかしさを隠すかのように、山村雨だった女の子は叫んだのだった。
「そんなことないわよ。あんまり可愛いから……ほら」
「あっ」
突然のことに大きく見開く山村雨の目の前には、エトランジェへと変身した赤井の顔があった。
その顔には、動揺している山村雨の目にもはっきりとわかるぐらいの、大人びた表情が浮かんでいた。
「あんまり可愛いから……キスしちゃった」
赤井の口から出てくる、その言葉は、完全に女性のものだった。
そうっ! すっかりTSっ娘となった山村雨の存在がさらなる相乗効果を生み、赤井の言動すらも、よりいっそう女性化させていたのだった。
「もう一度……いいわよね」
「ボ、ボク……キスされるなんて」
戸惑う山村雨であったが、赤井はそんな姿に惹かれるように、再び唇を重ねていったのだった。
「ん……んっ」
唇を重ね合う二人。
それは、不思議な光景だった。
どちらも、元々は男だったのが、女の子になって、こうして唇を重ねているのである。不思議な組み合わせとしか言いようがない。
いや、不思議に見えるのは、そういうことだけではなかった。二人の女の子がキスをし合っているだけなのに、そこには明確な役割の違い、キスをする赤井に、キスをされる山村雨という、はっきりとした違いが見えたのだった。
どうして二人とも、体こそ女の子だが、心は男だというのに、こんなにもはっきりと役割が分けられるのかと言うと、赤井には昨日の夜の体験があったが、山村雨にはそれがないからだった。
昨日も女の子の姿になったものの、山村雨はその時には混乱してしまい、まともに女の子になった自分の体というものを実感する暇がなかった。つまり、山村雨にとっては、今こそが始めて女の子の体になった自分というものを実感する時だったのだ。
自分の体にすら触ったことのない女の子……世の中に、このような存在ほどに初(うぶ)な女の子がいるであろうか。つまり、今の山村雨というのは、男の心をその女の子の体に閉じこめられた、普通の女の子以上に自分の体に対してうぶな女の子となっていたのだった。
一方の赤井にしても、昨日始めて女の子になったわけではあるが、一度その女の体としての果てを味わっているのである。それは、自分の体の限りというものを、その中にある男の心が知っているということであり、その心は閉じこめられることなく、外へと出ていたのだった。
女の子の体を通して現れた男の心……それは、普通の女の子以上に、同性に対して積極的な、支配的な女の子となっていたのだった。
自分の体の頂点というののを知っている……その違いが、一見同じ境遇にあるかのような二人を、導く者と導かれる者というように、対照的に分離させたのだった。
「ぷはっ……はぁ、はぁ、はぁ」
女性からのディープキスから解放された山村雨は、まるでその間に、息はおろか心臓の鼓動までも止めていたかのような表情で、荒い息を立てた。
「苦しかった?」
そんな山村雨へ、赤井は愛おしげに声をかけた。
「うん、苦しかった……苦しいけど……苦しいんじゃない。胸が締め付けられるみたいな、変な気持ちがするんだ」
「そう、わたしも、胸が締め付けらるような気持ちがするけれど……
それって、とってもいい気持ちよ」
「ど、どうして……ボク、男なんだよ。どうしてそれがいい気持ちなのさっ」
「だから……いいのよ。
あなた、女の子になったなんて始めてでしょ?」
誘われるように、山村雨はこっくりと頷いた。
「うふふ、ウブなのねえ。だから……このわたしが、じっくりと教えたくなっちゃうのよ」
「教えるって何を?」
「決まってるじゃない……例えば、こういうことよ」
「あっ!」
赤井の手のひらの動きに、山村雨は思わず声を上げてしまった。そして、次の瞬間、自分が声を上げてしまったことを隠すかのように、その小さな手を、口へと持っていったのだった。
「遠慮しなくてもいいのよ。気持ちよかったら、もっと声を出していいのよ」
「き、気持ちいいなんて……ないもん」
「あらあら。ねえ、今まで胸なんて触られたことないんでしょ?」
「あ、当たり前だよ。ボク、男だもの……」
必死になってそう言うものの、その語尾には断定の勢いはなく、むしろ迷いというものが感じられた。
「そうよね。そんな経験ないんだから、それが気持ちいいかどうか分からなくても当然よね。
うふふ……だから楽しいのよね。こうやって、快感を教えてあげるってことが」
「ああっ!」
その大きさ、柔らかさ、重さ、そしてその敏感さを量るかのように赤井の手のひらが、ゆっくりと山村雨の胸をなぞった。
さして大きくはないその胸は、女の子である赤井の手のひらにぴったりと言える大きさだった。まるで赤井に触られるために形作られたかのようなその大きさは、赤井をよりいっそう興奮させた。
「ねえ。あなたのこと、エリちゃん、って呼んでいいかしら?」
「え、だってボク、男だもの。エリなんて女の子みたいな名前……」
「何を言ってるのよ。どこに、こんな可愛らしい男の子がいるのよ」
右手をエリの胸に押し当てたままに、赤井は左手を肩へと回して、ぐっと自分の胸へと引き寄せた。
「ああっ」
「うふふ。どこに、そんな可愛らしい声を上げる男の子がいるのよ」
「でも……」
「いいわね、エリちゃん……」
再び呼ばれたその名前を、エリは否定しなかった。赤井に抱かれながらその名前を呼ばれると、それがまるで、自分の本当の名前だったような気がしたからだった。
同時に、そう呼ばれることを否定しなかったことは、赤井の支配欲を満たすこととなった。
この世にあるものは、名前が付けられて始めて、存在していると認められる。だとしたら、エリという名前を名付けた自分は、目の前にいる少女の存在を唯一認めているのだ、と。
「それと、わたしのことはお姉さま、って呼んで」
「お姉さま……?」
そうつぶやいて、エリは赤井の顔をじっと見つめた。そして、見つめたまま、否定することはなかった。
このことは、赤井の独占欲を満足させた。
『お姉さま』、という不特定の相手に対して使える言葉で自分のことを呼ばせることによって、エリにとって『お姉さま』に当たる立場を独占したのだ、と。
これらの言葉、行動、そして思想は、赤井の口から自然に出たものだった。それはまるで、男としての赤井の心が、女としての体というフィルターを通すことによって、新しい人格が生まれて、独り行動しているようでもあった。
「ねえ、エリちゃん」
「は、はい……」
もはや、エリはその名前をすっかり受け入れていた。
「エリちゃんの体、もっと見てみたいの」
「え、それって……」
赤井の言葉の意味を察して、エリは赤面した。
「恥ずかしがることはないわよ。だって、女の子同士だもの」
「でも、ボクは男の子だから……」
「へえ、男の子なの。でも……」
赤井の両腕が、エリの体操着の両脇を掴んだかと思うと、そのまま一気に、脇の下までまくり上げたのだった。
そして、その下から現れたのは、
「嘘を付いたら駄目でしょ。どこの男の子に、こんなに可愛いらしいおっぱいがあるって言うのよ」
「そ、それは」
赤井の言葉にエリは、まるでいたずらが見つかってしまった子供のような、おどおどとした表情をした。
「嘘を付く女の子には、お仕置きをしてあげないとね」
「ひゃうっ!」
その刺激に、エリは大声を上げて、その目をぎゅっと閉じた。
しかし、目を閉じて視覚を閉じることは、乳首からの刺激へと神経をさらに向けてしまうことになるだけだった。
「ああっ、や、止めて」
「うふふ、あなたが嘘を付かなくなったら止めてあげてもいいわよ」
「嘘って……」
閉じていた目を開けて、エリの前で彼女を見下ろす赤井の顔を、じっと眺めた。
「エリちゃん、あなた名前は何て言うの?」
「な、名前……?」
言われてエリは、赤井が言わせようとしていることの意味を理解した。
「わ、わたしの名前は、エリです」
「うふふ、そうよね。それで、エリちゃんは男の子なのかしら、それとも女の子なのかしら?」
「お……女の子、です」
「ようやくわかったみたいね」
相変わらず乳首を弄びながら、赤井はその端正な唇をゆがませて小さく笑みを浮かべた。
「女の子です……だから、止めてください」
「止めてって何をかしら?」
「だから……その、わたしの乳首を」
「止めないわよ。だってまだあなた、嘘を付いているんだもの」
「嘘ってなんですか?」
すがるような目つきと口調で、荒い息のままエリは尋ねた。
「あなた本当は、止めて欲しくないんでしょ」
「そ、そんな……」
力無く抗議するエリを無視して、赤井はその乳首をいじり続けた。
その乳首は、繊細な赤井の指先よりもさらに小さいものだったが、それでも赤井の指先は、その小さな乳首を様々に弄んだのだった。
「あ、あはぁ……」
エリの両腕から力が抜けて、だらしなく垂れ下がった。その両腕を赤井は器用に動かして、エリの体操着を脱がしたのだった。
「うふふ、可愛らしいおっぱいね。
でも、女の子なんだから、おっぱいがあって当たり前よね」
「そ、そんな……」
そして、上半身を裸にして、その可愛らしい乳房を惜しげもなくさらし出すエリを、赤井はそっと、床へと降ろしたのだった。
体を床に降ろしたことで、多少は楽になったものの、エリの体からは相変わらず力が抜けていた。
「どう、まだ止めてもらいたいかしら?」
恥じ入るかのようなあえぎ声を出し続けるエリに向かって、赤井が尋ねた。
「あ……や、止め……止めないでください」
その言葉に、赤井はすっかり満足感を味わった。
「あら、ようやく嘘を付かなくなったわね。それじゃあ、もう乳首をいじるのを止めてあげるわね」
「あっ、そんなのって……」
あえぎ声の中で、必死になって叫ぶエリであったが、赤井はそんな彼女の言葉を受け入れようとはしなかった。
「だーめ、もう乳首をいじるのはお終い。
その代わり……」
「ああっんっ!」
触っていたの乳首を離れた赤井の指先が、別の場所に触れた瞬間、エリは甘い、そして安堵感のこもった声を上げたのだった。
「あらぁ、おかしいわねえ。エリちゃんって、男の子だって言ってたけれど、ここに何もないじゃないの」
わざとらしい口調で、赤井はエリのブルマの上をなで上げた。
その手触りは、ブルマ特有のものであり、エリのもう一つの皮膚をなで上げているかのようにも思えた。
「男の子だったら、こうやってさすっているうちに、だんだんと膨らんでくるはずなんだけれどね」
「ああんっ、ああっ」
しなやかな人差し指と中指を合わせて、赤井はブルマの中心に棒でもあるかのように、二、三度なぞり上げたのだった。
「おかしいわねえ。何も起きないじゃないの。
ま、このわたしが、いつまでも男の子のこんな場所を触るわけにもいかないから、もう止めにしちゃおうかしら?」
あえぎ声を上げるエリの耳元に口を寄せて、一言一言語りかけるかのように、ゆっくりとその言葉を聞かせたのだった。
「お願い、止めないで……ください。お姉さまぁ」
「でも、エリちゃんって男の子なんでしょ?」
「ち、違います。ボ、ボクは、女の子です。お姉さまとおんなじ、女の子です」
エリの言葉に、赤井の心は、さらに冷たく燃え上がった。
「うふふ、そうよね。あなたもわたしの女の子なのよね。
女の子同士、楽しみましょう」
そう言って赤井は、一旦止めた指の動きを再開したのだった。
「どう、気持ちいい?」
「は……はい……」
「うふ、その恥じらった表情がいいわよ。まるで本当の女の子みたいね」
「お姉さま……ボク、本当の女の子みたいですか?」
「ええ、本当よ。そうね、みたいじゃなくて、本当に女の子よ」
「ありがとうございますぅ」
赤井の言葉が、今のエリにはたまらなくうれしかった。
快感とは違った、安堵の表情を浮かべるエリを見て、赤井はこの女の子を、もっとかわいがってあげようと思った。
「女の子はね、男の子と違って、ここを触られても大きくならないのよ。
でもね。女の子はここを触られていると、あそこが、じゅくじゅくと濡れていくのよ。
女の子のエリちゃんも、濡れてくるのかしらね」
「はい、ボク、いっぱいいっぱい濡れたいです……」
目の前にいる赤井に、女の子になっているのだと認めてもらおうと、エリは心からそう願った。
「うふふ、欲張りなんだから。
どう、あそこが濡れているかどうか、自分でわかるかしら。まあ、初めての体験だから、わからないかもしれないけれど」
「わ、わかりません。でも、なんかあそこが変な感じです」
「ふーん、変な感じねえ。
あら、本当だわ。ブルマの上から触っても、あなたの濡れたあそこの感触が伝わってくるわよ」
ブルマに触るその赤井の指先には、そんな感触は伝わってこないのだが、エリを恥ずかしくするために、わざとそう言ってみたのだった。
「そ、そんな……」
自分の体がちゃんと女の子と同じように反応しているということに、エリはまたしても羞恥感と安堵感を浮かべた。
「さあ、それじゃあ、エリちゃんが本当に女の子になったところを見てみましょうね」
「えっ!?」
言葉と同時に、その両手をブルマへかけた赤井の行動に、思わずエリは声をあげた。
「何を驚いているの。せっかくわたしが、エリちゃんが本当に女の子だってことを確かめてあげようかと思ったのに。
それともひょっとして……エリちゃんのブルマの中には、おちんちんが生えているのかなー?」
「そ、そんなものっ、生えてなんかいませんっ。
だってボク……女の子だから……」
まるで、自分の身体はおろか、心が男であるということをも否定するかのような声で、エリは叫んだ。
「そう、それじゃあ、見せてもらいましょうね。
エリちゃんが、ちゃんと女の子になっている証拠を、ね」
いたずらっぽくウィンクをしてから、赤井はその両手をゆっくりと動かしていった。
すると、ゆっくりと下へと降りていったブルマから、淡い草むらのようなヘアが顔を出した。
そして、さらに降ろしていくと、エリの女の子の部分が顔を出したのだった。
「あら、本当に女の子だったのね」
「そうですっ。ボク、女の子ですっ」
その勢いのある声は、恥ずかしさをごまかそうとするものであるということは、赤井には一目瞭然だった。
必死になって訴えてくるエリの表情に満足しながら、赤井はそのブルマを足下まで降ろし、そのまま床に投げ降ろした。
赤井の目の前には、全裸になって床に横たわるエリの姿だけがあった。
「かわいいわよ。エリちゃん」
そう言って赤井は、エリの横に座って、彼女の股間へと指を伸ばした。
「あら、すごいじゃない。エリちゃんのここ、もうびしょ濡れよ」
本当は、まだかすかに濡れているのがわかるという程度なのだが、その言葉は、エリの心に響いた。
「ボ、ボク、ちゃんと濡れてるんですか。女の子みたいに、濡れてるんですか?」
「ええ、そうよ。でも、あなたは女の子になったばかりだから、まだまだなんだけれどもね」
「ボク、お姉さまみたいに、もっともっと女の子になりたいですっ」
「ふふ、わたしみたいだなんて。うれしいこと言ってくれるわね。
それじゃあ、わたしがあなたのこと、もっともっと女の子にしてあげるわ」
そう言い聞かせてから、赤井はその顔を、エリの両足の付け根へと動かした。
「あ、お姉さま。そんなところ、見ないでください」
「あらあら、恥ずかしがっちゃって。いいじゃないの。元々男の子なんだから、他人に見られても」
「違います。エリは、ずっとずっと女の子です。これまでも、これからも、いつまでも女の子なんですぅ」
「そうよね。エリちゃんは女の子なのよね。
だから……こんなことをされると……」
「ああぁっ! な、なんかすごいですぅ」
赤井の下が、エリの女の子の部分を、やさしく、それこそ女の子をいたわるかのように刺激した。
その刺激の強さに戸惑いながらも、赤井へその気持ちを伝えようと、途切れる息の中で、必死になって言葉を絞り出し続けた。
「どう、気持ちいいでしょ。女の子の身体って気持ちいいでしょ」
「はい、女の子って気持ち……いいです」
「でも、本当の女の子の気持ちよさは、そんなものじゃないのよ。
もっともっと、気持ちよくなるのよ」
「はい、ボク、もっともっと気持ちよくなって、もっともっと女の子になります」
必死になって答えるエリの言葉に、赤井の返事はなかった。
返事の代わりに届いたのは、ぐちゅりぐちゅりという、エリのあそこを舐めあげる音と、そこからわき上がる快感だった。
「気持ち……いい……女の子って……」
あえぎ声を上げる合間に、エリは必死になってその気持ちを赤井へ伝え続けた。
そして、その言葉に応えるかのように、エリに顔を埋める赤井の舌の動きからは、新しい快感が沸き起こっていたのだった。
「ボ、ボク……もっともっと女の子に……」
あえぎ声だけでなく、その全身を使って、赤井へとその快感を伝えるかのように、エリの全身が動く。
全身は絶えず小刻みに震え、その両手は捕まえた何かを離すまいとするかのように強く握りしめられ、その首は何かを探し求めるかのように様々な方向へと動き続けていた。
「こ……これで女の子に……なれますよね……」
「ええ、あなたはもう立派な女の子よ」
「そう……うれし……」
その舌の動きを止めて答えてくれた赤井の声に喜ぶと同時に、
「ああぁっーー!」
全身をつつむ暖かい快感と共に、エリの精神は墜ちていったのだった。

赤井は、横になっているエリを見つめていた。
時々その口から漏れる、『女の子になれて……うれしい』という声に、赤井自身も満ち足りた気持ちになりながら、じっと見つめていたのだった。
「レッド、よくやったわっ」
赤井の後ろからそう声を掛けてきたのは、あの時の流れ弾のためか、両腕はおろか、両足にすらギプスをつけて、松葉杖を突いて歩く、永松博士だった。
「博士、やりましたっ」
腕をまくり上げて、女の子の細い腕を出してから、赤井はガッツポーズを取ったのだった。
「ふっ、どうやら女の子っぽい仕草も様になってきたようね」
赤井が勝ったということよりも、そっちの方がうれしいことであるかのように、博士はうんうんとうなずいたのだった。
「ところで、そこに失神しているのが山村雨よね」
「あ、これはエリちゃん……いや、そうだ。こいつが山村雨だ」
「だとしたら、そろそろ萌力エナジー略して萌エ萌エの効果が切れて、元に戻るんじゃないの?」
永松博士がそう言い終わるや否や、青い光が、女の子の格好のままで倒れる山村雨の全身をつつんだのだった。
そして、その中から出てきたのは、スーツ姿に身を包んだ、いかにもおっさんという、超党派国会議員、山村雨の姿だった。
「はっ、わ、わたしはいつの間に……
うむ、そこにいるのは宿敵エトランジェっ。さっきはやられたが、今度こそ倒してやるぞっ」
そう言って、超党派国会議員エナジーを発動させようとしたのだが、慌てず騒がず永松博士は一言、
「……エリは、ずっとずっと女の子です。これまでも、これからも、いつまでも女の子なんですぅ」
と言ったのだった。
どうやらさっきまでの記憶は残っているようで、その言葉に山村雨の顔は真っ赤になった。
「く、くそう。今度こそ勝ってやるからな」
そう言って山村雨は、どこかへと走っていった。
「ええ、いつでもあなたの再挑戦を待っているわよ。さっきのあなたの声を録音したMDカセットと一緒にね」
永松博士は、勝ち誇ったようにそう叫んだのだった。正義のヒーローを支える博士が敵の弱みを握って揺さぶるというのはどうかと思うのだが、とにかく博士は勝ち誇ったような顔をしていたのだった。
ちなみに言うと、それ以降、山村雨は二度と反撃に来ることはなかったという。

「博士……これからも、こんな苦しい戦いが続くのか」
「何を言っているのっ。確かに戦いは苦しい。でも、書くことがなく、いい加減なネタを無理矢理つなげて一本にまとめる作者はもっと苦しい戦いをしているのよ」
「は、博士……そうか、そうだったんだよな。
要するに次回作があるかどうかわからないってことだな」
「ふっ、わかればいいのよ」
言って永松博士は、長い黒髪をふぁさぁっ、とかき上げた。
「なーんだ。そうか。はっはっは」
わかったような分からないような赤井の笑い声が、夕闇の町中に響き渡ったのだった。

第二話「特訓、それはヒーローの定め!」:おわり



「あとがき」
今回もおつきあい頂きましてありがとうございます。作者の月下粋沐(げっかすいもく)です。
どうにかこうにか、第二話を書き上げました。前回は、「敵を女の子にすることで倒したら面白いだろう」という柱としてのネタがあったのですが、今回はそういうものがないので、別の意味で苦労をしました。前半部分のギャグが、前回以上にわけのわからないものになっているのはそのためです。
さらに言えば、後半の18禁部分についても、書き始める前にはほとんどネタは出ておらず、結構苦労しました。書いている途中で思いついた、”「ボクは女の子です」と言わせるプレー”でどうにか行を稼いだ次第です。
この、”「ボクは女の子です」と言わせるプレー”、アドリブで思いついたわけですが、結構気に入っています。ちなみに、このプレーを楽しむ時には、直接的に『ボクは女の子ですって言ってみなさい』とするよりも、あなたって男の子なんでしょ、とこちらが言うのに対して相手がそれを否定するために言わせる、と言うようにすると、よりいっそう興奮します。あいにくそれを試す機会がないのが残念ですが。
18禁部分と言えば、相変わらず、女の子になった赤井の行動が暴走していますが、萌力エナジー略して萌エ萌エが臨界を突破した時に起こるものだと理解してください(注:東海村の事故の翌々日にこの文章を書きました)。
他には……一般向けとの作品の関連について書きましょうか。「エトランジェ」を書く時には、まずは永松博士の口調で書きます。それで、前半部分を書き上げたところで、博士の名前を永松から横田に置換したり、博士の台詞の語尾などを変えたりしています。前回はオチは同じだったのですが、今回は違うということになっています。私としては、オチだけなら向こうの方がいいかな、と思っていますので、こちらを読んで何かの間違いで面白いと思った方は、向こうのオチの箇所もついでに見ていただけるとありがたいです。

第三話へ続く
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この作品は、
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で掲載されたものです。